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春の暖かな陽気と、図書館で探していた本を借りられた喜びが身体から溢れ出てきて、スキップでもしてしまいそうなある日の午後。 図書館からの帰り道、あまりにも天気が良いからと普段はしない遠回りをして帰宅することにした。 細い路地裏を通って人通りの少ない道に入ると、静けさに包まれた居心地の良い世界へと変わる。

久しぶりの感覚を味わいながら、そのまま真っ直ぐ進むと目的の場所へ辿り着く。 シーソーと鉄棒とブランコしかない小さな公園。 若葉が青々と茂る木々に囲まれたその小さな公園は、私が生まれる前からあって、小さい頃はよく来て遊んだ記憶がある。

木々の間から公園を覘くと、そこに人の姿は無く、ぽつんと少し古びた遊具が置いてあるだけだった。 以前は綺麗だった地面も、今では雑草が茂りほとんどが緑色に埋めつくされていた。 今ではもうここで遊ぶ子供が居なくなってしまったんだろうか。

雑草を踏み分けながら公園の中へ入っていくと、昔の記憶が鮮明によみがえってきた。 ペンキが剥げかけている黄色いシーソー。今では回ると地面に頭が当たってしまいそうな低い鉄棒。 そして公園の真ん中にあるのは、あの頃と全く変わらないブランコ。 二つ並んだ水色のブランコは、時が止まったかのように微動だにせずにいる。

徐にブランコへ近づき、持っていた手提げ鞄を土台に立てかけ、椅子に腰を下ろした。 座ったままそっと後ろへ下がり地面に着いていた足を離すと、ゆっくりと椅子が前後に揺れ始める。 ブランコに乗るのは何年ぶりのことだろう。
揺れが小さくなってくると、止まらないように足で漕いだ。 私はブランコは好きだけれど、ブランコを漕ぐのは苦手だった。 頑張って漕いでいてもなかなか大きく揺れてくれなくて、他の遊ぶ子を見ては何度も悔しい思いをしたことがある。
でも今ならあの頃より大きく揺らせられるかもしれない、とブランコを漕ぐ足に力を込めた。

徐々に揺れが大きくなっていくと、頬に風が当たるのを感じた。 とても心地の良い感覚に思わず瞳を閉じる。

?」

突然聞こえた自分の名前にハッとしてブランコを漕ぐ足を止めた。 そして声のした方に目を向けると、そこには一人の男の子が立っていた。 数メートル離れた場所に立っている彼の顔は、今の私の視力ではハッキリと見えない。 けれど彼は私を見て間違いが無いことを認識すると、迷うことなく公園の中へ入って来る。 そして徐々に近づくにつれて見えてくるその顔に、自分の目を疑った。 目の前に居るのは、久しく顔を見ていない自分の幼馴染だった。

「誠二!」
「久しぶり」

幼い頃から変わらない人懐っこい笑みを浮かべながら誠二が言った。 小学校を卒業してすぐに寮へ引越ししてしまったから、会ってちゃんと会話をするのは二年ぶりだった。 たまに誠二が家へ帰ってくる時があっても、お互い何かと用事があって顔をあわせることは無かった。

「ほんと久しぶり…いつ来たの?」
「今日の朝。で、今から寮に帰るとこ」
「え、もう帰るの?」
「泊まっていきたいんだけどさー、明日普通に練習あるから無理なんだよな」
「そっか…」

それに門限もあるから、と誠二は名残惜しそうに呟いてから改めて公園を見渡す。 私と同じように懐かしさに目を細めて、一周眺め終わるとまたブランコに座ったままの私を見た。 目が合うと笑って、私が何か言う前にブランコの後ろへ回った。

「押してやるよ」
「え、わっ、ちょっと、自分で漕げるよ!」
「漕ぐの苦手だろ?」

なぜ覚えてもいなくて良いことを覚えているのだろう、と私が考えているうちに誠二両手で肩を押し始めて、 そして押されるがままに、またゆっくりとブランコは揺れ始めた。 手を離して飛び降りる勇気は無いから、結局ブランコに身体を任せることになる。 小さな子でもないのに、こうやって後ろから押されるのはちょっと恥ずかしい。

「…っていうか、何でここ通ったの?駅に行くなら遠回りじゃない?」
「久しぶりだから地元巡りでもしようと思ってさ」
「ふーん」
の家にも行ったんだぜ」
「なんで?」
「なんでって、に会いにきまってんじゃん。そしたら出かけてるって言うし」
「来るって教えてくれてたら家に居たのに」
「驚かしたかったんだよ。でもまぁ、驚いた顔見れたからいっか」
「私はぜんぜん良くない…」

だってもしこの公園に寄らずに家に帰っていたら、またしばらく誠二に会えなくなっていたんだもの。 来るって教えてほしかった。そうしたら、私は出かけずに家に居たし、誠二が居ない間に起きた いろんな出来事をたくさん喋ったりできたのに。

「会えたんだから細かいこと気にすんなって」

私の肩を押しながら明るい声で誠二が言う。 誠二はいつも明るい。と、言っても人間なのだから当然怒ったり泣いたりすることもあるのだけれど、私の中では明朗快活なイメージが強い。 明るくて素直で元気がよくて、そんな誠二に私はいつも憧れていた。


ブランコはゆっくり前に揺れるとまた後ろへゆっくり戻る。戻ってきたところを誠二が休まず私の肩を押して前へ出す。 柔らかい風の中を行ったり来たりしてとても心地良かった。まるで昔に戻ったようだった。 唯一、昔と違うのは、私を押している暖かい手がお母さんのではなく誠二のだということ。

「もう押さなくていいよ。疲れるでしょ?」
「全然」
「じゃぁ交代しよ!今度は私が押すから」
「俺ひとりで漕げるよ」
「…私だってひとりで漕げるもん」

誠二は聞こえないふりをして私を押し続ける。 誰かに見られているわけではないけれど、やっぱり恥ずかしい。

そのまま押されながらブランコに乗っていると、遠くの方でキーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る音が聞こえた。 それは五時を知らせるチャイムだった。 誠二は私を押す手をいったん止めて、左手の腕時計に目をやった。 その隙に私も地面に足をつけて揺れるブランコを止めた。

「あれ?もう五時?まだ明るいじゃん」
「日が長くなったんだよ。もう帰る?」
「あー、うん。遊びたいけど門限破るとやばいんだよ」
「そっか、じゃぁ私も帰るよ」

止まったブランコから立ち上がり、置いておいた自分の鞄を手に取った。 カラスが頭上を飛んで行き、やっぱりもう夕方になってしまったのだと実感した。

誠二と私はまた雑草を踏み分けながら公園を出た。誠二はこれから駅に向かい、電車で寮へ帰る。 私は家に帰るから、ここで別れることになる。

「送ってやれないけど、気を付けて帰れよ」
「誠二も気を付けてね」
「年末にまた帰るからさ、その時はゆっくり話そうぜ」
「うん、今度はちゃんと連絡してから来てよ」
「あぁ、じゃぁな」

誠二は笑ってそう言うと、駅へと向かい歩き始めた。 私もしばらくそれを見届けてから家路を急いだ。

ゆらり ゆられ (04:藤代くんと再会) / 2005.05.17 | 戻る