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また、だ。
昨夜、父親がまた引っ越すことになったと告げた。仕事の都合上、仕方ないのは分かってる。 今まで同じ場所に長く居ることがあっただろうか。 いつか引っ越すことがあるかもしれないからと、段ボールから出さないでおいた物があったから荷造りはすぐ終わった。 結局東京に居たのはわずか10ヶ月。コレと言って深い思い出なんかない。 あえて言うなら学校で知り合った不良みたいな足の速い奴。あいつが1番印象に残ってる。
次の場所は東北。別に何処へ行こうが構わない。 俺が出来るのは親について行く事だけで、選択肢なんてないのだから。 まぁこれも仕方の無いことなんだろうけど。
段ボール等はトラックに運んでもらって、俺はサッカーボールだけを持ち車に乗る。 とにかくサッカーが出来ればそれで良いって思ってる。

移動する車の中で風景を見ながら色々考え事をしていたらいつの間にか寝てしまった。 気が付くと新しい街についていた。今度住むのはマンションで、ベランダからの眺めが良い。 ふと気が付くと、今の場所から歩いて5分ほどの場所に河原があった。 部屋に段ボールを全部運んでから、ボールを持って玄関へと走った。

「光宏!自分の荷物片付けたの?」
「後で!ちょっとそこの河原行って来る」

まだ片付けをしていた母さんにそう言い残して河原へと向かった。
やっぱり家からすぐ近くの場所で、十分サッカーが出来るほどのスペースもあった。 けれど今は1人だから、橋の下の壁にボールをぶつけて遊んだ。 都会と違ってここは静かで、時間が夕方だからか人気も少ない。
壁にボールがぶつかる音だけが響く中、さっきまではなかった人の気配を感じた。 ボールを蹴るのを止めて、気配のする方を見るとやっぱり人が居た。 同じ年位の女の子が、にっこり微笑んでこっちを見てる。

「こんにちは」
「…誰?」
「秘密」
「もしかして幽霊?」
「霊感あるの?」
「いや、全然」

そう言うと彼女は笑った。

「私今日ココに引っ越してきたんだ。散歩してたら音が聞こえたから、気になっちゃって」
「そうなんだ、奇遇だね。俺も今日引っ越してきたんだ」
「本当?中学生だよね?」
「うん、中2。そっちは?」
「私も中2だよ。で良いよ。よろしくね」
「日生光宏。よろしく」

俺がそう言うとはまたにっこり笑う。意地悪そうと言えばそんな感じの笑顔だけど結構可愛い。 転校してから最初の友達が女って初めてだった。 話をしているとが色々自分のことを教えてくれた。も今日関東から東北に来たらしい。 俺と同じで親の都合で国内を転々としてる。だから話が凄く合う。 色々話しているうちに、あっという間に日が落ちてしまった。

「いつの間にか真っ暗だな。俺そろそろ帰らないと」
「私も。すぐ戻るって言って2時間は経っちゃった…」
「家まで送るよ。長くなったの俺のせいだし」
「ううん、平気だよ。優しいねー光宏は」
「今更気づいた?鈍いな、は」

は「うるさい」と、笑いながら軽く俺を叩く。

「じゃぁ途中まで送る。家どっち?」
「良いのに別に」
「遠慮すんなよ」
「仕方ないなー、一緒に帰ってあげるよ。家あっち」

が指差した方向は俺のマンションがある方向だった。

話をしながらしばらく歩くとマンションに着いて、 の住んでるマンションは俺の住んでるマンションの隣だということがわかった。 これなら通う学校もたぶん同じだろうな。

「送ってくれてありがとね」
「あぁ、じゃーな」

そう言って杏奈が走って帰るのを見届けてから俺も急いで家に帰った。 家に帰ると母さんに少し叱られた。それからすぐ部屋に戻って片付けをした。 今日は色々あって疲れたから早く寝よう。明日の学校が少しだけ楽しみだった。



翌日。 時間に余裕を持って登校したけれど、まだには会えていない。もう先に来てるのかも。 学校着くとまず最初に職員室に向かった。 まだ新しい制服を貰ってなかったから、前の学校の学ランを着てるけれど この学校はブレザーだから1人だけかなり目立ってる。
周りの生徒にじろじろ見られながら辿り着いた職員室の前で立ち止まり、一呼吸置いてドアをノックした。

「失礼します」

職員室のドアを開けると先生達が何人か居て、奥のソファーにはココの生徒とは違う制服を着た人物が居た。 入室した瞬間に、その人物が後ろを向いたから誰なのかすぐにわかった。

「あ、光宏おはよー」
「やっぱりか。おはよう」

もまだ制服を貰ってないらしく、前の学校の制服を着てる。 今時っぽいというのか、少し着崩している所が目立つ。似合うから良いけど。

「なんだお前等知り合いなのか?」

先生が驚いて聞く。するとがまた昨日と変わらぬ笑顔で答えた。

「昨日偶然会ったんですよ。あ、先生。私達クラス一緒にして下さい!」

いくら何でも同じクラスは無理・・・・

「言われなくてもお前等一緒だよ。良かったな」

マジ?

「やったー!良かったね光宏!」
「え…あ、うん」
「何、嬉しくないの?」
「そんなんじゃないけど、偶然重なりすぎて怖ぇよ」
「運命なんだよ!さ、教室行くかー」

運命?

は教室の場所を知らないくせに俺の腕をつかんで職員室を出た。 案の定、先生に「向こうだぞ」と言われて結局先生の案内で教室に向かった。 教室に入って自己紹介を済ませると、俺達は質問攻めになった。 転校生がくると大体はこうなる。これもまた仕方ない事なんだけど。
も俺もその日のうちにクラスに溶け込めて、これからは上手くやっていけそうだった。



月日が流れるのはとても早くて、俺達が転校して半年が経っていた。 俺はサッカー部に入り、毎日毎日サッカーばかりしていた。
はというとすっかりクラスの人気者で、サッカーを見るのが好きっていうのを理由にサッカー部のマネージャーをやっている。 俺達は出会った頃から変わらず仲が良い。登下校も毎日一緒だ。 でも俺達は付き合っていない。たとえ俺が好きだと言っても、は信じてくれないだろう。 はさっきも言った様に人気者だ。に告白した奴等は多い。 でもそれを「今は誰とも付き合う気無いから」と言って断っているらしい。 そんなんだったら俺もきっと「友達」扱いなんだろう。

「はぁー…」
「どうしたの?」

噂をすれば…。 が俺の顔を覗き込んでいる。 近くで見ると本当に綺麗な顔だよな。

「なんでもない」
「なんでもなくないでしょ?言いなさいよ」
「やだ」
「私に言えない悩み…?まさか好きな子でも出来た?誰?」

…お前だよ。って口に出して言えたら良いのに。今は言えない。

「うるさいなーに関係ないだろ」
「なによ照れちゃって。可愛くない奴」

男に可愛いとか言うなよ…。とにかく今焦って言ってもどうしようもない。 まだまだたくさん時間はあるんだ。 …と、思った俺が馬鹿だった。



放課後。いつも通り一緒に帰っていたら、話があるってが言うから俺達は河原に来た。

「あの時と、一緒だね」

あの時…。 俺が1人でボールを蹴っていた橋の下、 人気の無い河原、 夕日で赤く染まった風景、 全て出会ったときと同じだった。

「そうだな…で、話って何だよ」
「聞きたい?」
「話があるって言ったのだろ。勿体ぶるなよ」
「急かさないでよ。わかってる」

は川のほうへ進み、俺に背を向けたまま話し始めた。

「私さー、明日引っ越すことになったんだ」
「は?」
「だから、引っ越すの」
「笑えない冗談言うなよ」
「冗談じゃないよ。本気。マジ」
「嘘だろ?」
「まさか。明日のこの時間、私ココに居ないもん」
「俺は信じないからな」

信じたく無かった。夢であってほしかった。

「何よ…光宏だってわかってるでしょ…家の都合だから仕方ないことくらい…
私だって信じたく無いよ!なのに…どうして余計つらくなること言うのよ…」

の言葉が次第に弱々しくなっていく。泣いてるのかもしれない。 言葉が見つからなかった。 の気持ち、本当は知ってる。 けど、何を言っても余計傷つけてしまいそうで怖かった。

「最初の友達が…光宏で良かった…。ありがとう」

そう言っては涙を拭う。 今言わなかったらきっと後悔する。 俺はに近寄り、後ろから抱きしめた。

「ちょっと…!」
「そのまま聞いて」

振られても構わない。でも今伝えなかったら一生後悔する。

「俺の好きな奴、だから」
「え…?」
「付き合う気無くても良い。振られるの覚悟してるし」
「何言ってんの…?私…光宏の事振ったっけ?」
「だって誰とも付き合う気無いんだろ?」
「それは…その……光宏は特別なの!」
「どういう事?」
「私も…光宏の事…好き…なんだけど」
「…真面目に言ってんの?」
「う…うん」
「本当に?嘘付くなよ!」
「嘘じゃないよ!本気だよ」

信じられない出来事が起きた。いや、信じるほか無いんだけど。 だってが俺のこと好きって言った。

、こっち向いて」
「何で…?」

が俺の方を見た瞬間、今度は前から抱きしめた。

「俺すっげー嬉しい!今までで最高に!」
「ちょっと…光宏!」
「あ…でも引っ越すんだよな…やっぱり嬉しく無いかも」
「どっちなのよ…」
「また絶対逢おうな、ここで」
「光宏だって引っ越すかもしれないのに?」
「意地でも来る」

はまたいつもの笑顔に戻った。


「何?」

上を向いたの唇に、優しく自分の唇を重ねた。 初めて知る感触に、心臓が破裂しそうなほど早く脈を打って、気を抜けば頭が真っ白になって倒れてしまいそうだ。 たぶんの方が俺の倍、緊張してると思うけど、離れた瞬間に気を失われたりしたらどうしよう。 唇を離してを見ると顔を真っ赤にしていた。でも気は確かにあった。…怒ってるけど。

「な、何すんのよ!」
「良いじゃん別に」
「良くない!」
「照れちゃって。可愛くない奴」
「それ私の言ったセリフ!」

さっきまで悲しかったのが嘘の様に俺達は笑った。

そして翌日、は転校した。
住む場所は変わってしまったけれど、あの約束だけはずっと変わらない。

またここであいましょう / 2002.07.30 (2003.03.10) | 戻る