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昼休み、お弁当を食べながらする会話の内容といえば8割がた恋愛についてだった。
もう中学2年生の私たちはそろそろ受験のこととか話したりしても良いんじゃないかって思うくらい、
私の周りは恋に燃えている子ばかりだ。だけど私はいつも話しを聞く立場にいた。
「さっきね、鈴木くんと目が合っちゃったんだ!もーかっこよ過ぎて失神しそう!」 玉子焼きにフォークを刺しながら、嬉しそうに親友のちーちゃんが言った。 ちーちゃんは野球部の鈴木くんに片思いして半年になる。 他の友達に「早く告っちゃいなよ」っていつも言われてるけど、全然進展する様子が見えない。 ちーちゃん曰く"恋は焦らず"らしい。私にはよくわからない。 「そんなにカッコイイ?あの人」 「うわ、見る目ないねーは」 「え、そう?」 「そうそう。全校で1番カッコイイじゃん!」 「えー…」 そう言うとまた「わかってないね!」といわれてしまった。 確かに鈴木くんは結構人気者かもしれない。私は興味ないけれど。 「は好きな人いないの?」 「え?いないよ、そんなの」 「もう中学入って2年目なのに1回もそういう話聞いたこと無い気がする」 「うん、そうだね。1回も話ししたことないかも」 「なんで?探せば良い人たくさん居るじゃん。あ、鈴木くんはダメよ!」 「取って食ったりなんかしないから」 好きな人を作れなんて言われても出来るわけもない。 周りの体験談を聞いてるだけでお腹いっぱいだよ、もう。 けんかしたとか、仲直りしたとか、フラれたとか。 恋愛はめんどくさいって一度ちーちゃんの前でつぶやいた時は殺されかけたこともある。 「例えばさ、剣道部の佐々木先輩とか水泳部の木村君とかー」 「なんでそんなに人の名前知ってるの?」 「カッコイイ人を私が見逃すと思う?」 「…ミーハー」 「なんか言った?」 「なにも」 もう付き合ってられないよ。誰か代わりに話を聞いてあげて下さい。 ちょうどお弁当のフタを閉めた時、昼休み終了の鐘が鳴った。 5限目は確か… 「あ!」 「何?」 「次って地理だよね。教科書借りに行くの忘れてた…」 「うわ、ヤバイじゃん!早く行っといで」 地理担当の先生は厳しくて忘れ物なんて許されないってこと忘れてた。 急いで教室を出て隣りのクラスのゆーちゃんに借りに行こうとした時、見知らぬ人に声をかけられた。 制服の胸についた名札には"日生"と書かれてて、にっこり笑って私を見てる。読み方はヒナセ? 「呼び止めてゴメンね、加藤いる?」 「加藤くんなら今日欠席だよ」 「なんだ休みかー。あ、国語の教科書持ってたりする?」 「え、持ってるけど…貸そうか?」 「うそ?すっげー助かる…って、そっちも何か借りに行こうとしてた?」 「あ、うん。地理の教科書忘れちゃって」 「それなら俺持ってるから貸すよ」 「良いの?でも悪いよ…」 「良いの良いの!気にしないで」 じゃぁ取ってくる、と日生君は自分の教室に戻ってしまった。 私も急いで自分の机から国語の教科書を取って来てまた廊下に出た。 「サンキュ」 「こっちもありがとね」 教科書を渡した時、丁度階段の方から地理担当の先生が来て慌てて教室に戻った。 日生君には「終わったらすぐ返す」と伝えておいた。 初対面の人に教科書借りるなんて生まれて初めてだよ。 教室の席に戻ると、前の席のちーちゃんが後ろを向いて私を待ってた。 置きっぱなしだったお弁当も片付けてくれてたみたいだった。 「教科書借りれた?」 「うん、借りた」 「ゆーちゃん持ってたんだ」 「ううん、ゆーちゃんじゃなくて」 −ガラッ 教室の前のドアが開いて先生が入ってきた。すぐに号令が始まり、 ちーちゃんとの会話は中途半端なところで終わってしまった。 授業中に私語なんて忘れ物を許さない先生が許すわけもない。 日生君に借りた教科書を見てみると、全然使ってないような感じがした。 教科書に何か書き込んであったりするわけもなく、折り目は1つもついてない。 背表紙には油性マジックで端の方に"日生"と書かれていた。 長い授業もやっと終り、先生が出て行くと教室の中の空気が一気に変わった。 今日は5限で今の地理で授業は終わった。 「もーほんとに地理は疲れるよねー。あの張り詰めた緊張感がイヤ」 「でも先生怒らして宿題出されるのイヤだし、しょうがないよ」 「はぁ。あ、そうだ。教科書誰に借りたって言ってたっけ」 「隣りのクラスの日生君って人なんだけど。知ってる?」 「ひ、日生君ってまさかサッカー部の日生光宏…?」 「名字しかわかんないよ」 「この学年で日生って言ったら1人しか居ないよ!すごいじゃん!」 「1人しか居ないからすごいの?」 「違うわよ!」 何故だかわかんないけど、ちーちゃんの目は輝いてる。 そんなに凄いことなのかって思ってしまうほどに。 それから、日生君は最近転入してきたのよって教えてくれた。 ちーちゃんは日生君のことも色々知ってるのかと思うと、友達としてなんだかついてゆけない気がした。 「有名人だかなんだか知らないけど、コレ返しに行くよ」 「私も行く!」 「…鈴木君は?」 「大好き」 「そんなこと聞いてないっての」 どさくさに紛れて(紛れきれてないけど)ちーちゃんと一緒に教科書を返しにいくことになった。 お友達にでもなりたいのか何なのか。 隣りのクラスの前のドアから教室を覗いてみたら、丁度日生君も席を立って ドアの方に向かって来てるところだった。手にはちゃんと国語の教科書を持ってる。 向こうも私たちに気付いて「あ」と言って廊下まで出てきてくれた。 「ひなせく」 「日生君!ごめんね、この子ドジですぐ教科書忘れちゃったりするの!」 私のママにでもなったかのように、ちーちゃんは日生君に謝ってた。 「何を勝手に言ってんじゃコリャー!」とアイコンタクトでちーちゃんにメッセージを送った。 でも生憎ちーちゃんの目線は日生君に向けられてて送信失敗。 「俺もすぐ忘れるし、良いよ別に。助かったから」 ありがとな、と日生君は笑って私に教科書を返してくれた。 ちなみに私の借りてた地理の教科書はちーちゃんが日生君に返却済みでした。 「今度忘れ物した時は私に言ってね!」 「え?あ、うん。ありがとう」 ちーちゃんのペースに完全にのまれてしまってるように見える日生君。 良いタイミングで私たちのクラスの担任が来てくれたので日生君と別れて教室に戻った。 「ちょっと!もうちょっと喋りたかったのに!」 「帰りのHR始まるんだから仕方ないでしょ?ていうか十分喋ってたじゃん…」 「だってクラスも違うし日生君と喋る機会全然無いんだもの」 「じゃぁ鈴木くん諦めて日生君にすれば?」 「そんなこと言って私から鈴木くん奪う気でしょ!」 「んなこと誰がするかァ!」 結局は鈴木くんが良いのね、ちーちゃん。 だいたい付き合ってもいないのに奪うって間違ってるってば… HRが終わって部活に入ってない私たちはさっさと荷物をまとめて帰ることにした。 「ちーちゃんは本当に物知りだよね」 「え?何が?」 「なんで日生君のこととか知ってんの?」 「こっちはなんで知らないのって聞きたいけど」 「え、知ってて当然なの?」 「まわりのこと見てないは知らなくて当然かもね」 「人のこと世間知らずみたいに言わないでよ!」 「実際そうじゃない」 「ひどっ」 転校してきた日生君は初日から人気者だったそうです。私は知りません。 かっこよくてサッカー部所属なんて完璧だとか言ってますが。私はわかりません。 彼女は居ないらしいです。私に関係ありません。 「でも向こうから話しかけられるなんてラッキーじゃん!」 「芸能人じゃないんだから別に普通だと思うけど…」 「もー…あ!今日委員会の仕事あったの忘れてた!」 「ちーちゃんだって私のことドジって言えないじゃん!」 「ごめんごめん、悪いけど先帰ってて!」 「うん、じゃぁまたあしたー」 「またねー!」 ちーちゃんは鞄を持ったまま職員室の方へと走って行ってしまった。 他の仲の良い友達はもう帰ってしまったみたいで、仕方なく1人で帰ることにした。 1人だけで帰るのは久しぶりのことで、話し相手の居ない家までの長い帰り道を歩くのは少し寂しい。 「お。ちゃん」 急に後ろから自分の名前を呼ばれた。 振り向けばそこには20分程前に喋ってた日生君の姿があった。 日生君の他には誰も居なくて、さっき私のことを呼んだのは日生君に間違いないわけで。 「なんで私の名前知ってるの?」 「教科書の裏に""って書いてたろ?」 「あ、そっか…」 「名前聞くの忘れててフルネーム知らないんだ。あ、俺は日生光宏ね」 「。さっきは友達がうるさくてゴメンね」 「はは、別に良いよ。ここ来てまだ少ししか経ってないし、色んな人と友達になりたいしね」 「もう日生君はみんなの人気者だって聞いたけど?」 「俺はそういう自覚ないからわかんないよ」 笑って答える日生君を見て、この人が人気者でもおかしくないなって思った。 みんながカッコイイと騒いでる男子の中には自意識過剰も居るから。 それに日生君は気軽に話せそうだから、校内で初めての男友達が出来そうな予感です。 でももし日生君と仲良くなったりしたら、ちーちゃんはきっと怒るだろう。なんとなくそんな気がする。 やっぱり変に仲良くなろうとするのはやめておこう。他の女子とかに目をつけられても困るし! 「さん?」 「え?何?」 「難しい顔してたけど、どうかした?」 「や、別になんでも!じゃぁ、私帰るね」 「俺も今から帰るところなんだ。途中まで一緒に帰らない?」 「は!?な…なんで…!部活は…?」 「雪でグラウンド使えないんだ。体育館も他の部活使ってるし。だから部活は中止」 「あ、そっか…」 断る理由もなくて、むしろ断るのが悪い気がして日生君と一緒に帰ることになった。 廊下の窓からグラウンドを見てみると、言ってた通り雪の絨毯がキレイに出来ていた。 昨日の夕方から今朝まで大雪で、今日の朝は珍しく太陽が見えたけど今は空が雲でいっぱいだった。 「こっちには慣れた?」 「うーん、まだちょっと。雪がこんなに降るなんて想像つかなかったし」 「こんなにいっぱい降られると少し嫌にならない?」 「外でサッカー出来ないのは辛いけど、雪は好きかも」 「私も雪は好きだけど寒いの嫌だな」 昇降口から外に出ると冷たい風が頬にあたって、両手を冷えた頬にあてた。 セーターの袖にひっこめていた手は少し暖かくて頬の冷たさをやわらげた。 今日の朝は寝坊して、あわてて家を出たからマフラーも手袋も持ってこなかった。 太陽が出てるから平気だろうと思ってたけど今はもう太陽が隠れてしまった。 「寒いの苦手なのに防寒対策しないの?」 「う…、今日の朝は急いでて…」 今日生君に「遅刻しそうだったから」とか言ったらドジだって思われるに違いない。 っていうかマフラーとかを置いてきた時点でアホとか思われてるかもしれない。 今更自分のイメージ気にしてどうすんだって感じだけれども… 両手にハーっと口の前で息を吐いて温めていると、ふわっと首になにかがかかった。 気付けば日生君が目の前に居て、私の首に自分がしてたマフラーをまいていた。 「え?!」 「何もないと寒いだろ?」 「あ、でも」 「いいから黙って借りて」 「…ありがとう」 長めのマフラーをぐるぐるっとまかれた私は笑顔の日生君に抵抗できなかった。 日生君だってマフラーを私に貸したら自分も寒いはずなのに。 優しくされて、なんだか私は恥ずかしくて顔が熱くなってきてしまった。 「俺さ、今彼女居ないんだけど」 「…うん(いちおう知ってるよ)」 「良かったら俺と付き合ってくれない?」 「…うん。えええ?!」 日生君の顔は相変わらずの笑顔で、私の顔はさっきと同じく真っ赤で 恋愛なんて、と思ってた自分の心がこんなにドキドキするなんて思ってもいなくて 音が聞こえるくらいのドキドキを抑えながら、私はゆっくりと頷いた。 |
neve / 2003.12.17 | 戻る |