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睡眠時間の少ない状態で迎えた朝はとても慌しかった。
夜更かししていた自分が悪い、というお母さんのお説教も今はマジメに聞いている場合じゃない。 いつもより30分も時間がズレている。だからいつもの2倍、いや、3倍速で行動しないと確実に遅刻してしまう。 着替えて、顔を洗って、歯を磨いて、大きく外側にハネた寝癖を必死に直す。そして朝食はパンを一口だけ食べた。 急いで靴を履き替えて玄関のドアを開けると、空から音も無く降る雪と真っ白になった道路があった。 遅刻寸前だというのに、雪の積もった道路は全力疾走できない。 ローファーにスパイクでも付いていれば別だけど、私の靴には付いていなかった。 大好きな雪が憎い。というか夜更かしした自分が憎い。 転ばないようになるべく急いで、なんとか遅刻5分前に教室に入ることが出来た。 息が苦しくて、早く自分の席に座りたくて教室の奥へ進んで行くと、目の前で 光っくんがリボンの付いた包みを女の子たちから受け取っていた。 そういえばもうすぐクリスマスだもんね…そんなことすっかり忘れてた。 「光っくん、それクリスマスプレゼント?」 「ううん、誕生日プレゼント」 「誕生日?へー…ってマジで!?今日!?」 「うん、マジで、今日」 「そ、そんなの聞いてない…」 「あれ?言ってなかったっけ?」 「言ってない!聞いてない!」 知ってたらちゃんとプレゼント準備して、今日だって寝坊せずに登校して朝1番にプレゼント渡す自信あったのに…。 光っくんはプレゼントをくれた子たちにちゃんとお礼を言って、貰ったものを鞄にしまっていた。 いったい何を貰ったんだろう…すごく気になる。と、鞄をじっと見つめていたら急に光っくんが顔を覗き込んできた。 「羨ましいだろ?」 「ぜ、全然!」 「ふーん」 プレゼントを貰えたことがそんなに嬉しいのか、光っくんはにこにこしながら私を見た。 もし私があの子たちと同じようにプレゼントを渡したら喜んでくれるのかな。 受け取り拒否なんてされた日には落ち込んでしばらく動けないかもしれない。 …っていうか、おめでとうって言ってないじゃん、私。 「あ、光っくん…」 「ん、なに?」 「あのさ、おた」 「きりーつ!」 お誕生日おめでとう、と言おうとしたら先生が来て、学級委員の号令の声でかき消されてしまった。 慌てて自分の席に戻って挨拶をしたら、そのままHRが始まってしまって続きを言うことができなかった。 その後の授業の合間の休み時間に続きを言おうと思ったら、光っくんは毎回違う人たちに囲まれていて、 私が入る隙間など無くなってしまっていた。 あっという間に迎えた放課後、やっと光っくんに話しかける人の姿が見えなくなったから話しかけようと席を立った瞬間、 隣のクラスの雄大くんが一緒に部活に行こうと誘いに来てしまって、光っくんは荷物をまとめて教室を出て行ってしまった。 これで私がサッカー部のマネージャーをやっていれば、一緒に付いて行って部活中に チャンスがあるかもしれないけど、帰宅部にそんなチャンスは無い。 どうしよう。このまま言わずに帰るなんて絶対に嫌だ。だからといってサッカー部のところに行くのも 部活の邪魔になるだろうし…けどやっぱり言いたい。うーん…困った。 と、その時、サッカー部の阿部君が私のクラスの前を通った。 肩にビニールバッグをかけていて、これから部活に向かうみたいだ。 それを見て頭で考えるよりも先に身体が動いた私は、教室の前のドアを通り過ぎる時に 阿部くんの腕を引っ張って引き止めてしまった。 突然引っ張ったものだから、阿部くんは驚いて危うく後ろへ倒れてしまいそうになったけど何とかバランスを保っていた。 「ごめん、いきなり掴んで…!」 「吃驚したー…ど、どうしたの?」 「あのさ、今日って何時まで部活やるの?」 「えっと…確か5時くらいだったと思う」 「5時かぁ。まだ2時間もあるよ…」 何もやることが無い時間というのは1番退屈で1番長く感じる。 教室で2時間も何をして時間を潰せば良いんだろ…。 図書室が開いていれば良いけど、今の時間はもう閉まってるしなぁ。 「誰かに用事あるなら伝えるけど…」 「い、いいよ!別にたいした用事でもないし!」 私にとってはかなり重要なことだったけれど、阿部君に「光っくんに”おめでとう”って言っておいて」なんて頼んだら、 サッカー部まで来て直接言うことを勧められるに違いない。 お祝いを伝言で頼むのも、サッカー部へ行ってみんなが居る前でお祝いだけを言うのも嫌だった。 これ以外の方法だと後は2時間を教室で待つしかない。 「あ、小太郎」 「光っくん!」 「え!」 噂をすればなんとか。部室に行ったはずの光っくんが戻って来た。 「なかなか来ないから、雄大が探してたぜ」 「え、ほんと?さん、ごめん、俺行かなきゃ」 「あ、うん。呼び止めてごめんね」 阿部君は急いで部室の方へ走って行ってしまった。 光っくんはいつの間にか教室に入ってて、置き忘れていた自分の手袋を取るとまたすぐ出てきた。 今だ、今なら言える! 「み、光っくん!あの」 「ごめん、もしかして邪魔した?」 「…はい?」 「2人で話してたじゃん。…もしかして告白でもされてたとか?」 「…え?ななな何言ってんの!?誤解だってば!違うから!」 「動揺し過ぎ」 光っくんは私を見て笑って、それから「内緒にしといてやるから」とかなんとか 意味のわからないことをニヤけた顔で言って部室へ戻ってしまった。 教室に取り残された私は、半開きになったままの口から魂が抜けていって、そのまま死にましたとさ。おしまい。 オーマイガーッ! 何で好きな人の誕生日にオメデトウも言えず、その上ありもしないことを勘違いされなければいけないの? 全ては私が悪いの?ねぇ、神様おしえて! 両手と両膝を床につけて、頭をがっくりと下げてショックを受けていた私に手を差し伸べてくれたのは、 白タイツを履いた王子さまでも、大好きな光っくんでもなく、40才を過ぎても独身で髪の毛がちょっと薄くなってきて危うい担任だった。 「帰宅部なら暇だよな?雪かき手伝え」 「嫌です」 ザクッ、ザクッ、ザクッ。 積もったばかりの雪にスコップをさすのは楽しいけど、たくさんの雪をどかして道を作るのは大変だ。 というか何で、断ったはずなのに外に出て雪かきをしてるんだろう。 疑問に思いつつも黙々と雪をすくっては投げて、時間が経つのも忘れて、雪かきの為に作られたロボットのように動いていた。 徐々に日が落ちて、真っ暗な闇の中に白い雪が浮かび上がるように見えて、世界に自分一人しか居ないような錯覚を起こした。 突然、背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえて、振り向いてみれば担任が職員室の窓から顔を出して何か言っていた。 「1時間で良いって言ったのに、いつまで雪かきやるつもりだ?」 「え…今何時ですか?」 「5時だ。もう帰って良いぞ。暗いから気をつけて帰れよ」 1時間で良いなんて言ってたっけ…っていうか1時間経った時に教えてくれれば良かったのに。 スコップに乗せた雪を遠くの方へ投げた。それは音も無く綺麗なままの雪の絨毯の上に落ちた。 それからスコップを職員玄関の前に立てかけてから校舎の中に入って、置きっぱなしにしていて冷えた上履きを履いて教室へ向かった。 外と中の気温はあまり差が無くて、室内に居るのに吐く息は白かった。 教室から鞄を取って昇降口へ向かう間、室内での部活を終えた人たちとすれ違った。 そういえばサッカー部も5時までって言ってたっけ。昇降口のゲタ箱を覗くと、光っくんのスニーカーはまだゲタ箱に入ったままだった。 だから座って待つことにした。 どうしてもあの誤解は解いておかなければならない。噂になることよりも、光っくんに誤解されるのは嫌だ。 そして10分も経たないうちに光っくんが来た。私が居たことに少し驚いていた。 「なにしてんの…?って帰宅部じゃなかったっけ」 「光っくんのこと待ってたの」 「あれからずっと?」 「ううん、今まで雪かき手伝ってたから、待ってたのは5分くらい」 「雪かき?なんで?」 「担任に頼まれて、仕方なく」 「そんなめんどくさいこと、断れば良かったじゃん」 「断ったもん…」 じゃぁ何で、と光っくんは笑い出した。それから靴をスニーカーに履き替えて昇降口を出て歩き出す。 私も後に続いて昇降口を出た。暗い場所で吐く息は室内に居た時よりも目立つ。 これでやっと真面目に会話が出来そうな気がする。 「ね、あのさ、ほんとに阿部君とは何でもないから!誤解しないで…」 「わかってるって、あんなの冗談で言っただけだし」 「…ほんとに?」 「うん」 そう返事はするものの、光っくんは笑ってる。本当にわかってるのか少し怪しいけれどこれ以上話すのはやめた。 あまりしつこく言うと逆にこっちが怪しくなってしまう。 そしてついに、今度こそ本当にお祝いが言える時が来た。 「光っくん」 「ん?」 目と目が合う。いざ言うとなると、緊張して胸が張り裂けそうだ。でも言わなくちゃ… 「お誕生日おめでとう」 声が震えた。ちゃんと聞こえただろうか。徐々に顔が熱くなって、もう目を見ていられなかった。 光っくんはすぐに返事をしてくれない。うん、だけでも良いから何か言って欲しかった。 もう早く家に帰って布団の中に潜り込みたい。恥ずかしくてたまらない。 「あ、あのね、ほんとに誕生日だって知らなくて、プレゼントも何も無いの…ごめんね」 「いいよ、全然。っつーか、祝ってもらえただけですっげー嬉しいし」 今、雪の中に顔をつっこめば一瞬にして雪が解ける。間違いない。 そして自分も雪と一緒に溶けてしまえばいいと思った。 |
きみに、祝福を。 / 2004.12.14 | 戻る |