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天気予報通り、今日は朝から快晴だった。 静かに読書をしたくて誰も居ないはずの裏庭へと向かったら、そこには一人の女子生徒が居て 大きな木に寄りかかって雲の無い空をじっと見つめていた。 再度確認して同じ方向を見上げても、青い空以外何も見当たらない。 ぼけっと空を見上げているのは同じクラスのさんだった。 クラスでは目立つ存在で友達も多いはずなのに、いつも独りでふらふらしてる。 入学して初めて隣りの席になったのがさんだったから何回か話したことがある。 俺の知り合いの中で1番仲が良いと思える女子はさんだと思う。 ていうかさん以外でまともに喋れそうな女子が居ないからなんだけど。

「こんな所でなにやってるの?」
「小鳥さんの観察」
「…大丈夫?」
「頭が?心が?身体が?」
「とりあえず全部かな。鳥なんてどこにも飛んでないよ」
「全然大丈夫じゃない。小鳥さんはおうちへ帰りました」

この木の上に巣があるんだよ、とさんは頭上を指差した。 見上げてみれば確かに鳥の巣のようなものがあった。鳥の尻尾も少し見える。 さんは巣に向かって「鳥さん出てきて!」と叫んでいた。不思議な人だ。

「英士君こそ何しに来たの?」
「読書。さんが座ってるところ、俺がいつも座ってるところ」
「そうなんだ。いつも座ってるなら今日は座らせて」
「どけなんて言わないから」
「優しいね。後期になったら一緒に飼育係やろうよ」
「なんで飼育係の話になるのかわかんないんだけど」
「飼育係になれば、ココで小鳥さんの観察出来るよ」
「ウサギの世話とかやりなよ」
「ここのウサギ凶暴だからイヤ。この前噛まれたし」

そう言ってさんは左手の人差し指を差し出した。 爪から1cmほど離れた場所に何かのキャラクターの絵がついた絆創膏をつけている。 きっと小屋の網の間に指を入れたんだと思う。 さんはよく学校でお菓子を食べてるから、甘い匂いでもついててエサと間違われたんだ。

「英士君も指ケガしてるね」
「あぁ、さっきプリントで少し切れただけだから」
「絆創膏あげるよ!」

その言葉に嫌な予感がして、数秒後その予感は的中した。 さんがポケットから出したのはさっき見た絆創膏とよく似た絵のついたものだった。 拒否させる間も与えずにさんは俺の指にその絆創膏を貼った。 親切なのはありがたいけど、俺の指にピンクの絆創膏って結人達が見たらどんなに爆笑することか。

「またケガしたら言ってね!」
「あ…ありがとう…」

これからは鞄に絆創膏を常備しておくべきだと思った。 突然、上からカサカサ音がしたと思えば頭上を鳥が2羽飛んで行くのが見えた。 さっき見えた尻尾と同じ尻尾の鳥が仲良さそうに飛びながらどこか遠くへと行ってしまった。 ふとさんの方に目を向けると、寂しそうにその鳥たちを見つめていてビックリした。 巣があるのだから待っていれば戻ってくるのに、何がそんなに寂しいんだろう。

「良いなぁ…」
「何が?」
「あの小鳥さん達、きっと恋人同士だよね」
「さぁ…仲は良さそうだったけどね」
「はああぁぁ…」

"本気で落ち込んでます"と解説が付きそうなほど、さんは酷く沈んでいた。 空が青くて太陽の光で明るく自分達が照らされていてもさんの周りは真っ黒に見えた。 恋人の様な鳥達を見て凹んでるってことは、原因はひとつしかない。

「…失恋でもしたとか?」
「なんでわかるの?英士君ってやっぱり天才だね」
「あぁいう態度とられたら誰でも分かるでしょ」
「そうなの、彼氏にふられたの。もう死にそう」
さんって彼氏居たんだね」
「そうなの、居たの。過去形ね。もう死にそう」
「さっきまで元気だったのにね」
「そうなの、ちょっと無理してたの。もう死にそう」
「死にそうって言いすぎだから。自殺はやめなよ」

体育座りをして丸くなっているさんの姿は少し面白かったけど笑える状況でもない。 普段学校では一人でいる姿を見るのが多かったから、彼氏が居るなんて思いもしなかった。 恋愛相談に乗る回数は多いわけじゃないけど、これほど凹んでいる人を見たのは初めてだ。

「でも泣かないんだね」
「ドライアイだから涙出ないの」
「ドライアイでも涙は出るよ」
「英士君の前で泣きたくない」
「俺教室戻ろうか?」
「いやだ…居て」

泣きたくないと言っていても今にも泣きそうな顔で俺の制服の裾を掴むからどうしようも出来なかった。 悲しい時に強がる意味なんてないのに。俺の前でも泣けばいいのに。 本を読みに来たはずなのに、本のことなんてすっかり忘れていた。 今はさんの横に座って木に寄りかかっているだけだった。 何て声をかけていいかもわからないし、さんも何も言わない。

また頭上で鳥の鳴き声が聞こえて顔をあげると、さっき巣から出て行った鳥が1羽だけ戻って来た。 周りを見渡しても、さっき一緒に居たもう1羽の鳥の姿が見えない。

さん、鳥戻ってきたよ」
「ほんとー?…1羽だけ?」
「そうみたいだね」
「あぁ、鳥さんもひとりぼっちだね…いや、いちわぼっち?」
「そんな日本語聞いたことないよ…」
「英士君も、ひとりぼっち?」
「まぁね」

同じだね、とさんは笑った。 そんなに嬉しいことなのかと疑問に思ったけど口には出さなかった。 またしばらくさんが黙ってしまったから、俺もただ座っているだけだった。
さんの彼氏はどんな奴だったんだろうかとか、何が原因で別れたのか色々想像してみたけど 考えれば考えるほど訳がわからなくなっていく。 そんなことを今更知ったところでどうにかなることでも無いのはわかっていたけれど気になってしまう。 こんなに悲しんでる姿を見ると、振った彼氏に少し腹が立つ。

「なんか英士君が隣りに居ると安心する」
「俺何もしてないよ」
「優しいし頼れるし頭良いし背高いし」
「背が高いことが安心する理由に繋がるとは考えられないけどね…」
「英士君の彼女は幸せ者だね」
「そうでもないかもよ」
「そんなことない、英士君は幸せにしてくれそう」

ありがとう というべきなのだろうか。 こんなこと今まで言われたことがないから何て答えていいのかがわからない。 言葉に迷っているとさん上を向いてが「あ!」と声をあげた。 上を向くと見たことの無い鳥が飛んできて頭上の巣へと入って行った。

「鳥さんのお友達かな」
「多分そうだろうね」

しばらく巣の方を見ていると2羽が巣から出てきて飛び立って行った。 雲の無い青い空を自由に飛んでいく姿はすごくきれいだった。

「今度は2羽で戻ってくると良いね」
「戻ってくるよ。それにあの鳥…さんみたいだね」
「じゃぁさっき来た鳥は英士君だね」
「だから絶対2羽で戻ってくるよ」
「え…?」

さんが何か言おうとした時、校舎の方から昼休み終了を告げる鐘が鳴ったのが聞こえた。
今が昼休みだということをすっかり忘れていた俺達は夢から現実に引き戻されたような感覚だった。

「教室戻らないと」
「戻りたくない」
「サボリたいってこと?」
「うん」

保健室に居たことにすれば平気だよ、とさんは微笑みながら行った。サボリの常習犯なんだ、きっと。 授業をサボるなんて今まで1度もしたことはないけど、今日だけならと思い教室に戻るのをやめた。

「サボリ決定?」
さん一人置いて帰れないからね」
「最初から英士君のこと好きになってれば良かった」
「今からでも、遅くないんじゃない?」

さんが少し驚いたのと同時に、さっき飛んで行った鳥たちが戻って来た。 2羽くっついて仲良く飛ぶ姿を見て、さんは嬉しそうに笑っていた。

Light Blue / 2004.03.08 | 戻る