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暖かな春が過ぎて暑い夏が来るかと思ったら急に温度が低くなって、 せっかく引き出しの奥から出した半そでのTシャツも、着るのはもうちょっと先になりそうだ。

学校が終わったあと一度家に帰って七分そでのシャツとジーンズに着替えて私は幼馴染の英士の家に向かった。 途中でCDショップと本屋に寄り道をしていたら、英士の家のインターホンを鳴らしたのはオレンジ色の空からカラスの鳴き声が聞こえるころだった。
家に出たときに英士のケータイに「今から行く」とメールを送ってから2時間ほど経ってしまったものだから、 英士は「遅い」と、ただ一言あきれながら言ったけど私を家の中にいれてくれた。

なにか目的があって英士の家に来たわけでもない私は、途中で買って来た雑誌を読みながら英士のコンポを借りて、 音がうるさいとよく怒られるからヘッドホンをつけてCDを聴いた。
重低音がリズムよく耳に響いて、それとともにギターの音と大好きなボーカルの歌声が聴こえる。 今の私の耳にしてるヘッドホンから出てくる音しか聴こえていない。 だからベッドに寄りかかって読書をしていた英士が何か私に向かって喋ってるけど、何を言ってるのかはサッパリわからない。 私が首を傾げると、彼はコンポの音量をゼロまで下げて再度私に向かって言った。

「携帯、鳴ってるけど」
「へ?」

横にあったテーブルの上でケータイのサブウィンドウがピカピカ光って、 さっきまでヘッドホンから聴こえていた曲のメロディが外側の小さなスピーカーから流れていた。 買って1年以上経ったこのケータイはところどころにキズがついてるから、そろそろ変えたほうがいいかもしれない。
二つ折りになってるのを開けて画面を見ると、"新着メール 1件"と表示されていた。 そのメールは私たちの親友の結人から送られてきたものだった。

「あれ、結人からだ…え、なにこれ」
「チェーンメールでも送ってきた?」
「ちがうちがう、今から大至急でいつものところに集合!、だって」
「…それだけ?」
「うん、これだけ」

メールをスクロールしてみても、その一言しか書かれていない。 英士は読んでいた本を閉じて机の上に置いてある自分のケータイを手に取りどこかに電話をかけた。 たぶん結人のケータイにだとおもうけど。
静かになった部屋にかすかに聞こえるのは、英士のケータイから鳴る「プルルルル」という音。 1コール目で「ガチャ」って音が聞こえたあと、「よー、英士!」と言う結人の元気な声が小さく聞こえた。 元気な結人と正反対に冷淡な反応をする英士が「なに考えてんの?」と言ったのを聞いて私はすこし笑ってしまった。
本人達に言ったらきっと怒られるけど、私は英士と結人と一馬の会話を聞くのがおもしろくて大好きだ。 ほんとうにバランスよく集まった仲良しトリオが羨ましくも思えるんだけど。 と、そんなことを考えているうちに英士の電話は終わっていて、小さく溜め息を吐いてゆっくりと立ち上がった。

「行くことになった…の?」
「言い出したら聞かないから困るよね」

そう言った英士だけど、あまり嫌そうな顔はしてなかった。 英士はケータイだけズボンのポケットにいれて、まだ雑誌を広げてる私に「行くよ」とだけ言って自分は先に部屋を出てしまった。 私は何も持たずに雑誌やCDは英士の部屋に置いたままで部屋を出た。



「わ、いつの間にか暗くなってる…」

スニーカーを履いて玄関のドアを開けると、オレンジ色だった空は濃い青に変わっていた。 吐く息は白くならないけれど、冷たい風が頬にあたって思わず身震いしてしまう。
結人が言っていた"いつものところ"までここから徒歩で10分くらいかかる。 小さいころから私たちが遊んでいた公園のことなんだけど、最近は全然行ってない場所にどうして結人は集合をかけたんだろう。

「結人なんて言ってたの?」
「つべこべ言わず集合!、って。俺つべこべ言った記憶がないんだけど」
「あはは、結人らしい」

英士は声を出してはいなかったけれど小さく笑っていた。 私は結人や一馬たちよりも前に英士に出会って今現在もずっと一緒にいるから、 英士が泣いたり怒ったり声を出して笑っているところも全て見てきた。
学校での郭英士という人物はクールで物静かなかんじだけど、 結人や一馬や私たちと集まったときの英士が私は大好きだ。 いつも近くに居たからあんまりわからなかったけれど改めて見てみると、 私の一歩前を歩く英士の後姿がすごく大人に見えて、同じ年齢の私がすごくちっぽけな存在に思えた。
幼稚園に通ってたころ、よくこの道を手を繋いで歩いたっけ。 あのときの英士と、いま前を歩く英士が同一人物だとは思えないほど成長したんだなぁ、となんだか寂しく感じた。

「ね、英士、」
「なに?」
「あのさ、手、繋いでみてもいい?」
「え?」
「いや、あの、ほんのちょっとでいいから…!」

私の突然の発言に英士は案の定、驚いていたけどゆっくり左手を差し出した。 当然のことだけど、なんかもう見た目からして大きさがあの頃と違いすぎる。 昔は両手で持ってたサッカーボールを今なら片手でつかめるだろう。 (関係ないけど片手でボールをつかむバスケットマンはかっこいいと思う)

そっと、ゆっくり英士の左手に私の右手を重ねて、軽く手を握った。 手のひらから伝わる暖かい温度が私の鼓動を速くさせる。 自分で頼んでやっておきながら、私は恥ずかしくなって「…ごめん」と呟いてパッと手を放した。 英士はなにも言わない。だから余計に恥ずかしい。

「手、冷たいんじゃない?」

そう言って英士は離れた私の右手を握った。 この瞬間、私はやっと気づいた。英士のことを好きだという感情が恋愛感情だっていうことに。
さっきまで平気だったのにどうして急にこうなるの、と、 頭の奥にあるこの小さな疑問は誰に聞けば正しい答えを返してくれるだろう。

いつもよりは速度をおとしてゆっくり歩いてくれてる英士の手にひかれて私はとぼとぼ歩く。 真っ暗な道の向こうに、公園の赤い滑り台がうっすらと見えた。 少しずつ近づくその公園の入り口には2人の人影が見えて、 こっちがそれに気づいたのと同時に2人の人影が動いて聞き覚えのある声が響いた。

「おーい、おせーぞー!」

手を振りながらそう言ったのは結人で、その隣には一馬がむすっとした顔で立ってるのが見えた。 1番遠い場所からこんな時間に呼び出されてちょっと不機嫌なのかもしれない。 でもやっぱりちゃんと来るところが、私はなんかいいなぁとおもってしまう。

すると英士が繋いでた手をゆっくり放した。 たぶん結人にからかわれることを予想して放したんだ。 きっと私、結人にからかわれたら真っ赤になって何もいえなくなってしまうと思う。

あぁ、やっぱり私、英士がすき。

「結人が前もって言わないのが悪いんでしょ」
「まーまーそれは置いといて!さっそくやろうぜ!」
「ねぇ結人、なにするの?」
「じゃーん!これ!」

結人が笑顔で私に見せたのは、ビニール袋に入った色とりどりの花火だった。 さすがに場所を考えてか、おっきい打ち上げ花火は無かったけれど、 手持ち花火や線香花火やけむり玉がたくさん入っていた。

「わ、すごい!でもどこで買ったの?」
「俺の行き着けの店!」
「…ただの駄菓子屋だろ」
「ばかだなー、一馬。あそこのおばちゃんすげーいい人なんだぜ!」
「結人、いいから早く始めない?」

駄菓子屋でのエピソードを長々しく語りそうな結人を英士が止めて、 結人が持ってきた小さいバケツを持って公園の隅にある蛇口に水をくみに行ってしまった。 それから結人が花火についていたロウソクにチャッカマンで火をつけようとしたけど、 冷たい風がぴゅーっと吹いてその小さな火はあっという間に消えてしまった。

「くそ、なんだよ、風吹くな!」
「そんなのムリだって…はっくしゅん!」
「なんではこんな時間に薄着で出歩くんだよ」
「だって平気だと思ったから…」
「…ほら、これ着ろよ」

身を縮めていた私に一馬は自分が着ていた上着を私に貸してくれた。 自分だって上着脱いだら薄着になるのに、優しいなぁ。

「あ、ありがとう」
「キャー、一馬くんすてき!待ってろよ、俺がいま愛の炎をつけるから!」
「…」

一馬に冷たい目で見られたにも関わらず、結人は"愛の炎"なんてまたおかしなことを言って再度ロウソクに火をつけた。 しかしまたタイミングよく風が吹いて、その"愛の炎"はあっさりと消えてしまった。 と、そこへバケツを持って英士が戻ってきて、まだ火のついていないロウソクを見て飽きれた様子で言った。

「なにやってんの、結人。火、消えてるけど」
「風が悪い!風が!」
「ロウソクにつけてやるより、花火に点火してそれをみんなで分ければ良いでしょ」
「あ、そっか。さすが頭いいなー!」

英士にそう言われて結人はロウソクをあきらめ、手持ち花火を4つ取り出してみんなに持たせた。 花火なんて久しぶりだからどきどきする。

「それじゃーつけるぞ!」

結人が右手に持ってるチャッカマンに小さな火がついて、それを左手に持ってる花火へと点火させた。 すると花火の先から一気に虹色の火がシャワーのように出てきた。

「わー…」

私がその火に見入ってしまっていたら、英士が「火、つけるよ」とすでに火がついてる花火から火をつけた。 右手に持ってる花火からも、同じように虹色の火が出てきた。 真っ暗な中で見えるその虹色の火はすごく鮮やかで綺麗だった。 最初に火をつけた結人の花火はもう火が消えてしまって、2本目をやるために一馬の花火から火をもらっている。

「綺麗だね」
「うん」

黄緑になったかと思えば、ピンクになったり、水色になったり、キラキラと光つづけている。 隣にいる英士の花火は私のとは少し違う色に見えるけど、それはそれですごく綺麗だった。


「ん?」
「夏休み、今度は2人で花火見に行こうか」

英士の突然の一言に、私はいまどこでなにをしてるのかっていうことが頭の中から飛んでしまったけど、 少し笑った英士の顔を見て、私の隠れた想いはもしかしたら彼にバレてしまってるんじゃないかと思った。 照れてしまうけど嬉しくて、私はコクンと1度だけ首を縦に動かして返事をした。

あなたが私と同じ想いだったらいいな、と、 まだ消えずにいる虹色の花火に願いを込めた。

虹色ライト / 2004.06.23 | 戻る