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時をさかのぼること8年。
当時私が小学1年生で、隣に住んでる幼馴染の一馬が幼稚園に通ってた。 親同士が仲良くて、私は1つ年上だからとかいう理由でよく一馬の面倒を見ていた。 …いや、「見せられていた」というのが正しいのかもしれない。

とにかく一馬は泣き虫で不器用で私が一緒に居ないと何も出来ない駄目な子だった。 いつも私の後ろにくっついて来くるから、弟と間違えられたことが何度もあったけど、 こんな手間のかかる弟なんてご免よ!

そんなある日のことだった。
小学校から帰って来た時、私の家の前に何故か一馬が立っていた。 私が一馬を発見したと同時に向こうも私に気付いて、パっと顔が明るくなり走って私の方に向かってくる。 珍しく転ぶこともなく私の目の前に来て一馬は私の服を小さな手で掴んだ。 目はキラキラ輝いてる。りんごジュースとたまごサンドを食べてる時みたいに。

「ねー!ちゃんきいてっ!」
「何?」
「ユメができたの!」
「へー。どんな夢?」

わざわざその夢を伝えるだけに私の帰りを待っていたのかと思うと少々呆れてしまう。 何かを発見したりするとすぐ私に教えに来るのは一馬の癖でもあった。 いい加減直して欲しいもんだけど。

「あのね、サッカー!」
「サッカーってサッカー選手?一馬、サッカーなんて出来るの?」
「これからたくさんサッカーして、上手になる!」

一馬は満面の笑みでそう言った。 なんでサッカー選手になろうと決めたのか、理由は知らない。 ちょっと前までは、パトカーに乗りたいが為に警察官になると豪語していたのに、もうその夢は捨てたらしい。 だから私は、サッカー選手という夢も、この時限りの夢だと思ってた。



話は現代に戻る。
私は親に勧められ私立中学へと入学し、今は中学3年。 一馬は中学2年で近所の中学に入学した。 家は変わらず隣同士。親同士はますます仲良くなっている。 私と一馬は時が進むにつれて一緒に居る事も極めて少なくなった。 お互い、中学生にもなっても一緒に居るというのは流石に抵抗がある。
一馬は幼かったあの時から、ずっとサッカーだけ追いかけてた。
小学校に入学してから本格的にサッカーを始めて、今ではユースっていうのにも入って夜遅くまで練習してたりする。 だからいつもすれ違いで会うことなんて滅多にない。 そして私は未だにあの一馬がサッカーをして代表とかに選ばれたりしていることが信じられないで居る。

塾が終わって薄暗い夜道を1人で歩く。空を見上げると満月がはっきりと見える。 曲がり角を曲がって、前方を見ると大きいスポーツバックを背負った人物が歩いていた。 まさかと思い少し走って近づいてみるとやっぱり一馬だった。

「一馬!」
「うわっ!」

ちょっとポンって肩を叩いただけなのにこの驚き様。 やはり性格は昔と変わりない小心者のヘタレか。 っていうか後ろか追いかけてくる音で気づけよ。

「驚かないでよ」
か…」
「久しぶりだね」
「あぁ、久しぶり」

久しぶりに見る一馬の顔は少しだけ大人っぽくなっていた。 昔私にくっついていたとは思えない位に。 あの頃のことは、今の一馬にとって思い出したいことじゃないかもしれないけど。

「お母さんから聞いたけど、選抜とかに選ばれたんだって?」
「まぁな。明日からトレセンで合宿」
「へー。諦めが早くて不器用で泣き虫だった一馬がね…」
「な、何だよ…その言い方は」
「昔は『ちゃーん!』って私の事追い掛け回してた一馬がね…」

私が言うと一馬は顔を少し赤くて「それは昔の事だろ!」と反発した。 それを見て笑いが止まらなくなって人気の少ない夜道で私の笑い声だけが響いた。

「…笑いすぎ」
「一馬の過去が面白すぎて」
「もう良い」

一馬は笑う私を放ってスタスタと歩いて行ってしまった。 私が慌てて追いかけて「待ちなさいよ!」と、一馬の右手を掴み手を繋いだ。 それと同時に一馬の顔が真っ赤になった。

「何すんだよ!?」
「昔の一馬の真似。こうやって良く私の手掴んでたでしょ?」
「は、放せよ!」
「良いじゃない、たまには。いつもあんたのワガママ聞いてあげてたんだから。」

あの頃は可愛かったね、とまた思い出し笑いをした。 赤くなったまま無言の一馬の手を離さずそのまま私は歩き出した。 一馬は何か言いたそうな顔をしたけど、黙って私の歩調に合わせて歩く。 早く歩いて私のこと引っ張って行くのかと思ったけど違った。

「…何で昔のことばっかり言うんだよ。もう俺達中学生だろ」
「だって一馬が別人みたいだから」
「は?」
「サッカー好きなのと不器用な所以外は全部変わってる」
「そんなに変わったか?」

隣に立ってみて改めて分かる昔との違い。
背も伸びていつの間にか私を追い越してるし、繋いだ手も昔の倍以上に大きい。 声変わりして、あの頃の高い声じゃなくなってる。 笑顔が少ない。可愛くない!

「元に戻れ!」
「呪文唱えるように言ったって戻らねぇっつの…」
「…はぁ。一馬さ、昔私に言ったこと覚えてる?」
「何のことだよ」
「覚えてない?『たくさんサッカーして上手になるー!』って」
「あー…言ったかもな」
「私はその時「お前には無理」って即答しようとしたけど子供の夢は壊しちゃいけないって思ってさ」
「…」
「絶対に叶うわけないなーって思ってたのに」

自分の頭より大きいサッカーボールを手に持って
一生懸命転がるボールを追いかけて
まともにボールも蹴れなくて仲間外れにされてたのに
それでも1人で一生懸命練習して
今では周りの子に負けない位上手になっちゃった。

「なのに違うんだよね。一馬どんどん夢に近づいてってる」
「まだまだ先は長いけどな」
「ずるいなー、一馬ばっか。私なんてつまらない毎日を送ってるのに」
「それって俺のせいか?」
「違うよ馬鹿」
「お前最悪」
「そのまま返す」
「何でだよ!」
「あ!」
「おい、!?」
「ちょっと待ってて!」

気づけば丁度自分達の家の近くまで来ていた時に私は忘れていたものを思い出した。 繋いでた手を離し、一馬を外に待たせて私は家に入り、自分の部屋へと向かった。 そして忘れていたものを手に持って外へ出た。 玄関のドアを開けると一馬が家の前で疲れた顔をして立ってた。

「どうしたんだよ一体…」
「一馬!どっちでも良いから腕出して」

一馬は訳の分からないまま左腕を差し出した。
私は一馬の着ていたジャージの袖を少しだけあげて持ってきたものを腕に結んだ。

「…ミサンガ?」
「手作りだよ。感謝しなさい」
「今時ミサンガって…」
「これ自然に取れるまで自分から外したら駄目だよ」
「外したらどうなるんだよ」
「サッカー選手にはなれません」
「…本当に切れるのかよ、これ」
「夢が叶えばの話だよ。早く切りたいなら早く夢かなえれば?」
「無茶言うなよ」
「とにかく合宿頑張ってこいよ!負けて泣いて帰ってきても慰めないから」

一馬の背中を叩いて言った。すると一馬は「誰が負けるかよ」って少しムキになって言う。

「勉強もちゃんとしろよ、サッカー馬鹿少年」
「余計なお世話。そっちも受験失敗すんなよ」
「一馬って性格悪くなったね」
は昔から悪かったけどな」
「その大事な足、包丁で刺すよ」
「…」
「冗談だって。じゃぁまた今度ね」

動かない一馬を放っておいて家に入ろうとした時、「待てよ!」って腕を掴まれた。

「何?」
「…これ、ありがとな。俺絶対夢叶えるから」
「私の為に、だよね?」
「ちっ、ちげーよ!」

冗談で言ったのに、今までで1番顔赤くしてる。 それを言うとまた一馬は怒って、私は笑った。 久しぶりに笑いすぎて腹筋が痛い。

「ねー、一馬」
「…何だよ」
「警察官よりサッカー選手の方が似合ってるよ」
「はぁ?警察官?…あ。…よく覚えてんな」
「でも、パトカーに乗りたいからって、警察のお世話になったりしないでよね」
「しねーよ!馬鹿かお前!」

ever free / 2002.08.24 (2003.02.28) | 戻る