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「さ、ささ、さ!」

急に犬に飛びつかれたかと思えば、「さ」を連呼する見覚えのある奴に会った。同じクラスで、この前の席替えで隣りの席になっただ。 時刻は午前6時をちょっと過ぎたところ。朝早くに公園で知り合いに会うなんて思っても居なかった。 犬に飛びつかれるのも当然、予想外だったわけだけど。

「真田君!」

なんだ、ソレが言いたかったのか。なんでそんなに動揺してんだ…?
足元の方でふさふさしたしっぽを振っている犬は何をしてるかと思えば、俺の持ってたボールネットに入ったサッカーボールを転がして遊んでいた。 あぁ、さっき飛びつかれた時に落としたのか。 小型のその犬は目をキラキラさせてボールを追いかけている。毛はちょっと明るめの茶色で、結人の頭とそっくりだ。

「こら!人のもので勝手に遊んじゃだめ!」

は慌てて犬を抱き上げて、遊んでるうちにネットから飛び出していたボールを俺に返した。 地面に放置されたままのネットは、からまってぐちゃぐちゃになっていた。 結んだり解いたりすんの苦手だから、こういうのすげえ困る… ボールは手に持って帰るしかないか。
俺のそんな気持ちも知らずに犬は吼えて、相変わらず視線はボールの方に行ってる。 しっぽは振り切れんばかりに何度も往復してて、何とかの腕から逃れようと身体を左右にくねらせてる。
するとが持ってたバッグの中からボールを出した。 ビニール製の黄緑のボールは、この犬の口にすっぽりはまりそうな大きさだ。 はそれを犬に見せると、犬は身体をくねらすのを止めて今度は首をうんと前に伸ばし始めた。 がボールを犬の口に近づけると、拒むことなくそれを口にくわえる。 目はいっそうキラキラと輝いて、いいでしょ、と言いたげな顔をしてこっちを見ていた。

「この子ボール大好きみたいで、よく人のボールで勝手に遊んじゃうんだ」
「え、いや…別にコレで遊んでも問題ないし」
「だめだめ!噛み付いてボロボロになっちゃうよ」
「そんなにボール弱くねえけどな…相手は小型犬だし」

地面におろされた犬はボールをくわえたまま、しっぽを振って俺の周りをうろうろと歩き出した。 相変わらず目はキラキラしてて、しっぽはびゅんびゅん風を切って動いてる。 だいたい言いたいことはわかるんだけど。
犬の勝手な行動に、は参ったという感じで頭に手をやった。 こうなったら最後、むりやり連れて帰ろうとしても暴れて言うことを聞かないのだろう。

「あーもう…、ごめんね」
「別に、いい」

犬の口のボールに手をやると、すんなりとボールは口から離れた。 はやく、はやく。俺を見る犬の顔はそう訴えているような気がした。 目線はまっすぐボールにある。わかったよ、投げればいいんだろ。
あまり遠くへ行かないように、砂場の方へボールを軽く投げてやった。 犬は一目散にボールを追いかける。足はそんなに長くないものの、走るのは速かった。 砂場に落ちる直前にボールに追いついてキャッチした。 そしてまた走ってこっちへ戻ってくると、俺の足元で座ってボールをくわえたまま俺の顔を見上げた。 褒めてもらいたいのか、もう一回投げろといってるのか、よくわからないけどそんな感じの表情をしていた。 とりあえずボールを取って頭を撫でてやると、舌を出して笑ったような顔をして、ワンッと短く吼えた。
犬と遊ぶなんて何年ぶりだろう。昔じいちゃんちにいた犬を思い出す。あいつは穴を掘るのが得意だったっけ。懐かしい。

「ほんとにごめんなさい…」
「謝んなよ。迷惑だとか思ってないし」

飼い主の気持ちも知らずに、犬は元気に飛び回る。 二本足で立って、前足は俺の膝に置かれてる。目線はもちろん右手にあるボール。 右手を振り上げると、犬は膝から前足を下ろして俺からすこし離れて投げるのを待った。 近くへ投げてもつまらないだろうし、さっき走ってるのを見てまだまだ遠くへ投げても平気だと思って、今度は強く投げてみた。
犬もさっきよりスピードを上げてボールを追いかけた。遊具を越えて奥の方にある芝生の方へと飛んでいったボールにどんどん近づいて、 ボールが芝生へ一度バウンドしてからそれをキャッチした。強く投げすぎたか。
だけど犬は全然疲れた様子も見せずに、行きと同じくらいの速さで走って戻ってきた。

「すごい…この子こんなに速く走れるんだ」

初めて見た、とが驚いた様子で呟いた。 今まで遠くまでボールを投げて遊ばせたことがなかったんじゃ、見たこともなくて当然か。 この犬、走るの好きそうだし、今より遠くに投げてもちゃんと戻ってくるだろうな。

それからしばらく、ボール投げを続けて犬と遊んだ。 途中でと交代してやったけど、やっぱりの投げるボールの飛距離はあまり長くなくて、 犬も物足りなさそうな顔をしていた。まぁ女子だし、体育会系ではないから仕方ないんだけど。 俺だって投げるのが得意なわけじゃない。蹴った方がもっと遠くへ飛ぶだろうけどやめておいた。

*

この犬の体力は底知れず。こんな小さい体のどこにそんなパワーが詰まってるんだ。
公園の真ん中にある時計に目をやると、既に時刻は7時をまわっていた。 一瞬ドキっとしたけど、今日が日曜日だってことに気付いてほっとした。

「…じゃぁ俺そろそろ帰るな」
「あ、うん!遊んでくれてありがとう。すっごく喜んでるよ」

犬はまだまだ元気に俺の足元をぐるぐる回ってこっちを見ていた。 しゃがんで頭をがしがし撫でてやると、また舌を出して笑って、顔を舐められた。 それを見たが顔を青くして叫んだけど、俺はそんなに嫌じゃなかった。 出会った初日に、こんなに懐いてくれるなんて思ってなかったから、正直、嬉しかった。

立ち上がって帰ろうとすると、スニーカーに犬が噛み付いてきて、歩くと同時に引きずられながら付いてきた。 その様子はおもしろかったけど、またが青ざめた顔で叫んで、慌てて犬を抱き上げた。

ランランラン! / 2005.08.21 | 戻る