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まだHRをしている隣のクラスの友達を教室で待ってる時、席に座ってぼーっと窓の外を眺めていた私にシゲちゃんが話しかけてくれた。 シゲちゃんは私が何もすることが無くて暇なのを知ると、私の前の席の椅子に後ろ向きに座ってポケットから百円玉を一枚出して見せた。 親指と人差し指の間にあるその百円玉は、太陽の光が当たって眩しく輝く。

「え、なに、百円くれるの?」
「何であげなあかんねん」

シゲちゃんは笑ってそう言った。 この百円玉に何の意味があるのだろうと考えていたら、 シゲちゃんがぷっと吹き出しながらまた笑った。 多分、百円玉とにらめっこしていた私の顔がおかしかったんだと思う。 どんな顔をしていたのか分からないから恥ずかしくて、 照れを隠す為に、早く何するのか教えてよ!、と声を大きくして言ってしまった。 言ってしまってから教室にはクラスメイトが居るんだった、と思い慌てて周囲を見渡してみると、 そこにはクラスメイト達の姿は無くて教室には私とシゲちゃん二人だけになってしまっていた。 一人で慌てている私を見てまたシゲちゃんが笑った。私はまた恥ずかしくなる。

「俺なぁ、実は魔法使いやねん」
「嘘だ。いくらなんでも騙されないよ」
「ほんまやって。魔法見したるわ」

そう言ってシゲちゃんは右手に持っていた百円玉を左手に移して手を閉じた。
今度は何も持ってない右手を閉じている左手の上にかざして、むむむ、と わざとらしい演技でパワーを送る真似をした。 今度は私が笑う番だった。

「開いたら、どないなってると思う?」

まだ閉じたままの左手を差し出してシゲちゃんが言った。 開いて見せたら私が驚くに違いない、と言わんばかりの表情で私を見る。 だから私は、白いウサギが出てきたらいいなぁ、と言った。 もし白いウサギが出てきたら本当に吃驚するし、シゲちゃんが魔法使いだってことも認めても良い。 でもシゲちゃんがやっているのはタネのある手品で、突然ウサギが出てくるような魔法ではない。 それを承知で冗談の会話が続く。

「ウサギは出張中や」
「じゃぁ鳩は?」
「旅行中やからおらん」
「なんだぁ、残念」

私とシゲちゃんはいっしょに笑った。 もう手を開いて何が出てこようがどうでも良かった。
シゲちゃんと話しているということが嬉しいし楽しい。ただそれだけで良くなっていた。

「おい、シゲ、ちゃんと部活来いよ」

突然、戸口から声がした。 戸口には隣のクラスの水野くんが居て、肩に大きなエナメルバッグを掛けていた。 少し睨むようにシゲちゃんを見てて、それに対してシゲちゃんは笑って返事をしていた。 水野くんはその返事の仕方に少し不快感を覚えたのか、眉間にシワを寄せた。 半信半疑になりながらも、それ以上は何も言わずに水野くんは教室から離れた。
水野くんがもう教室から出て来ているということは、隣のクラスのHRは終わったんだ。

「隣のクラスも終わったみたいやんなぁ」
「そうだね。シゲちゃんも部活行かなきゃダメだよ」

私が言うと、シゲちゃんは曖昧な返事をして、それから握ったままの左手を開いて見せた。
大きな手のひらに、銀色のコインが三枚ある。 私はコインが消えていると思っていたから、増えていたことに少し驚いた。 シゲちゃんは私が想像していたよりも驚かないことが残念だったみたいでつまらなそうな顔をしている。

「もっと驚いてくれてもええのに」
「驚いてるよ。少し」
「少しかい」

シゲちゃんは笑ってそう言うと、百円玉をポケットに入れて椅子から立ち上がった。 そして自分の席に置いたままだった鞄を肩に掛けると、私の方を見て−正確には、私を通り越して窓の方を見て、 じっと立ち止まった。視線は一点に集中し、何かに耳を澄ましているようだった。 私は何に対してそうしているのか分からなかったけれど、喋って邪魔をしていはいけないと思い、 窓の外を見ながら同じように耳を澄ました。聞こえるのは、廊下や他の教室にいる生徒たちの声だけだ。

「帰ってきたみたいやで」

いきなり耳に入ってきたシゲちゃんの声に、私の体がビクッと小さく跳ねた。 シゲちゃんはうすく笑みを浮かべて私を見た。 それから何事も無かったかのように、部活へ行くと言って教室を出て行ってしまった。

帰ってきたって、誰が帰ってきたんだろう。私が待っているのは、隣のクラスの友達だ。 外から誰かが帰ってくるのを待っていたわけではない。 それにこの教室の窓から校門は見えない。

ー、終わったから帰ろ」

待っていた友達が戸口に立って私を呼んだ。ぼんやりと窓を見つめていた私を、不思議そうな顔で見ている。 はっとして、机の横に掛けていた鞄を持ち席を立って戸口へ向かった。

「ずいぶん長かったね、HR」
「うん、先生の話が長くってさ…あ、なにそれ可愛い!どこで買ったの?」
「え?」

友達が私の鞄を指差して言った。 学校指定でみんなが使っている鞄を指差して、なぜ可愛いと言うのだろうと疑問に思いながら自分の鞄を見た。

「あ…」

自分のものではないキーホルダー。
首元に淡い桃色のリボンを付けた小さな白いウサギが、やさしい顔で笑ってる。

てのひらのなか (01:シゲと手品) / 2005.03.28 | 戻る