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突然空から降ってきた一滴の水。
それに気付いて上を見上げれば一面に灰色の雲の絨毯が出来ていた。
さっきの一滴に続いて、二滴・三滴と突然ザーッと雨が降り出した。
今日は日曜。朝のニュースなんて見てる訳もなく昼に目が覚めて一人で買い物に出かけた。 電車に乗って今地元に着いたと思えばこの天気。生憎、傘は持っていない。 駅の西口にいる私の目の前には急いで駅へと入ってくる人達。傘をさして帰る人達。 こんな雨の中歩いて家まで帰るなんて嫌だよ…買った物だって濡れたら困るし。 そうだ、親に迎えに来てもらおう!午前中は出かけてたけどもう帰ってきてるはず…。 鞄から携帯を取り出して家に電話をした。 −プルルル…ピー! 「えっ?」 画面を見ると"充電をして下さい"の文字が点滅していた。それが5秒ほど続いた後、画面は暗くなった。 また電源ボタンを数秒押して電源をONにした。 そしてまた電話をかけてみようとした所、案の定 ピー!と音が鳴り電源が切れた。…なんでこうなるの! 友人なんか電話したって迎えに来てくれるわけがないしな…こういう時に頼れる人が居ないって悲しい。 私の気持ちなんて知るはず無い頭上の雲からは沢山の雨が降り続く。 あっという間に道路に水溜りが出来た。 バスに乗った所で家の近くに停留所は無い。タクシーに何て乗れるほどお金は無い。 コンビニの傘を買うのも気が引ける…傘なら何故か家に有り余るほどある。 走って帰れば、どうにかなるよね!…どうにかなって下さい。 私は駅から出て家の方向へと走り出した。 足元にあった水溜りを踏みつけて、雨水がパシャっと飛んで靴下にいくつか染みが出来た。 靴だって、微妙に水が浸透してきてる気がする。おまけに顔に雨が当たって冷たい。 買ったものを濡らさないように袋を両手で抱えて走った。 運が良いことに洋服が入っているショップの袋はビニール製。でも雑貨の入った袋は紙製… 見てみれば無地の袋に水玉模様が出来ていた。…ヒィ!濡れてる! 駅の前の信号を渡って更に走り続けてた時、肩に掛けていた鞄が前を歩いていた人にぶつかった。 慌てて走るのを止めて立ち止まり、振り返って謝った。 「す、すみません!」 「…あれ?ちゃん?」 「え?」 珍しいオレンジ色のビニール傘をさしてコンビニのビニール袋を持ったジャージ姿の男の子だった。 何処かで見たことのある顔で、名前が思い出せない。誰だったっけ… 「えっと…何処かで会った事ありますよね?」 「あるある!3ヶ月位前に」 彼は少し笑ってそう言うと、傘を私の方に差し伸べた。 私が戸惑ってどうして良いか分からずにいると、また彼は微笑んだ。 世の中にこんなに自分に優しくしてくれる男の子が居るなんて! 「この雨で傘も差さずに居ると風邪ひくぞー。あ、俺は若菜結人。一馬の友達」 「あ、あの時の!ごめんなさい、今思い出した…」 頭を下げて謝ったけど彼は「別に良いよ」と笑ってた。 若菜君の言うとおり、3ヶ月位前に一度だけ会った事がある。 一馬と私は家がご近所で、私が出かけようとした時に家の近くで会った。 ただ挨拶をして、その後に一馬が少し紹介してくれたんだっけ。すっかり忘れてた。 確かその時、もう1人居たような気がするんだけどハッキリとは思い出せない。 「練習の帰り?」 「うん、でも午後から雨ってことで早く終わったんだ」 「そうなんだ、って家ってこの辺なの?」 「まさか!一馬ん家でゲームやって遊んでた」 「そっかー。あ、傘はいいよ!家まであと少しだし!」 「ダーメ!風邪ひかれたら俺が責任感じるから」 「や、そんなことは」 「じゃぁ送ってってやるよ!」 「えっあの、平気っ…」 私の言うことなど気にもせず若菜君は「家どこ?」って言って相合傘をする形になった。 まだ1回しかあったことない人にこんなことをして貰うのは気が引ける…というか、 若菜君がどんな人だかもわからないし迷惑なんじゃないかって思ってしまうのよ…! とりあえず若菜君の親切を無駄にする訳にもいかないので送ってもらうことにしました。 若菜君は1人で使って丁度良いサイズの傘なのに、気を使ってくれてるのか私のことを 優先してくれてるみたいで、若菜君は傘から半分身体が出てるように見えた。 「若菜君、あの、私既に雨にうたれてるからそんなに気使わないで」 「女の子には優しくがモットーだから!」 「そ、そうなんだ…」 私は傘に入れてもらってる立場なのに傘を持ってもらったり、道路から跳ねた水がかからないように 若菜君が道の外側に立って歩いてくれてる。彼女でもないのに良いのか心配です。 もし若菜君の彼女とかに遭遇したりしたら私こそ責任感じるから! ふと顔を見上げてみると若菜君と目が合ってドキっとした。 「今日さー」 「な、何?」 「ホントは練習に傘持ってくつもり無かったんだよな」 「え…何で?」 「だって傘って邪魔じゃん?折り畳みだとさ、畳むのめんどくさくてイヤなんだよ」 「うん、確かにめんどくさいかも…」 「でも親が"降っても迎えに行かない"とか言うから仕方なく持ってきた」 「けど持ってきて良かったよね、って…私が迷惑かけちゃってるけど」 「そんなに気にすんなって!ちゃんと相合傘出来るなんて嬉しいし」 「アハハ…」 そういうことを平気で言う若菜君よりも私の方が恥ずかしくなってきた。 あっさり言えるってことは女の子とこういうことをするのは日常茶飯事なのかもしれない。 それとは逆に私は男の子と相合傘なんてしたこともないし2人きりで喋ったりすることも少ないから、 ギクシャクしちゃって上手く目を見て話せない。 雨がビニール傘に当たって、パチパチという音だけが響く。 水溜りには灰色の雲が反射して写っていた。 歩き慣れてる駅から家までの道のりは、いつもより長く感じた。 少しの沈黙でさえ気まずくなってしまうのは私だけで、若菜君は鼻歌をうたいながら歩く。 私がボケッとしてると「そこ、水溜り」と声をかけてくれて避けて通った。 ありがとうとお礼を言うと若菜君は笑ってた。こんなことでお礼を言うのは変だって。 「今日これから暇?」 「あ、うん…暇といえば暇だけど」 「じゃあ一馬ん家来て一緒に遊ぼうぜ!」 「え?」 「英士も居るんだけど。覚えてる?」 「なんとなく…でも遊んでるのに割り込んだら迷惑じゃん…!」 「余裕!迷惑なんて思う奴居ないから」 そんなことを言っているうちに一馬の家の前まで来てしまった。若菜君は迷うことなく、 勝手に玄関のドアを開けて「今帰ったぞー!」叫んでいた。 「遅いよ、結人」 「雨の中買い物に行かせておいて第一声がソレかよ!」 「罰ゲームを決めたのは結人でしょ。ていうか女の子を買って来いなんて行ってないよ?」 「失礼だな英士!"買った"んじゃなくて"拾った"んだよ」 「"拾った"の方が絶対失礼でしょ。確か…さんだよね?」 「あ、はい…あの、邪魔みたいなのでやっぱり帰ります…!」 「だめだめ!ほら、靴脱いで中入ろうぜ」 若菜君は私を先に家の中に入れた。英士君と目が合ったら、にこって微笑まれた。 後ろではビニール傘を傘立てに入れた若菜君が靴を脱いで廊下を歩いて行った。 「一馬ー、洗面台借りるぞ」 「おう…ってが何で居るんだ…!?」 「細かいこと気にすんなよ。ちゃんこっちおいでー!」 私がまだ玄関で戸惑ってると英士君が「変なことしたら殴るから安心して」って言った。 それが聞こえていたのか若菜君が「変なことって何だよ!」と怒ってた。 それを見てさっきまでの緊張がほぐれると私は若菜君について行って洗面台へ行った。 洗面台にはイスが1つ置いてあって、若菜君はドライヤーを手に持っていた。 「え…?」 「髪の毛ちゃんと乾かさないとな!」 「じ、自分で出来るから!」 「あ、こう見えても俺はプロだから。大丈夫!」 プロって…サッカー専門でしょアナタ…! やっぱり私の意見は無視でイスに座らされて髪の毛を乾かしてもらった。 「結人って好きな子には優しいよね」 「す、好きな子って…!だからなんでが…え…!」 |
夏の雨 / 2003.09.11 | 戻る |