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新学期が始まって少し経った、中学2年の秋。
夏休みはのんびりと過ごしていたから学校に行くのが少し嫌だった。 朝学校について、友達におはようと言って少し喋った。 いつも通り授業が始まって、私はただ先生が黒板にチョークで何かを書いてるときの チョークがカツカツ鳴る音を聞いたり、ぼんやりと窓の外を眺めたりしていた。 何もしてないのに少し疲れてハァと溜息をつく。

授業は上の空で、授業が終わった後に友人が「さっきの公式、テストに出るよ」とか言って来たけど 私はテスト1週間前でも勉強する気になんてなれなかった。 とか言っても、普段もテスト前に勉強したことなんて無いんだけど。 どうせ寝たら忘れちゃうし、テストがそこまで大事だなんて思ってもなかった。 周りの子達は塾に通ったりして、受験に備えてたりする。 行きたい高校とか、将来の夢について語ったりしてる。 私は塾にも行ってないし、進路のことなんて全く考えてなかった。

帰りのHRで担任が3年生の受験の話をしていた。 中学に入学した時から"高校"とか"受験"って単語をたくさん聞いてる気がする。 レベルが高い高校を目指してる子は委員会とかで積極的に活動してる。 全ては内申の為だ。私はイイ子でいることに疲れないんだろうかと思う。 受験なんてまだ先のコトだと思ってた。でも意外と時間が経つのは早い。

HRが終わって、用事の無い私は1人で昇降口に向かった。 そこには自分の下駄箱から靴を出してる人が居た。 いつもは大きなビニールバッグを持ってるけど、今日は通学鞄だけを持ったクラスメイトの若菜だった。 ふわふわの茶髪頭がよく目立つ。
若菜は私に気が付くと、「おー、じゃん」と声をかけてきた。

「今日はサッカー無いんだね」
「あぁ、荷物少なくてちょー楽だぜ!」

若菜は教科書なんて入って無さそうなぺしゃんこの鞄を私に見せた。 ただお昼ごはんだけ持ってくれば良いんじゃないかって思える。 先に靴を履いたのに、若菜は昇降口を出ずに立ち止まってた。 私も靴を履いて、若菜は放って置いて昇降口を出ることにした。 若菜の横を通り過ぎようとした時に「なー」って声をかけられて、私は足を止めて振り返った。

「いつもよりテンション低いのな」
「え?別にそんなことないけど」
「いつもならもっと俺に構ってくれるじゃん」
「そうだっけ」
「よし!俺について来い」

何故か若菜に腕を掴まれて学校から連れ出された。 どこへ行くのかと思ったら学校近くのコンビニに寄って、私は「ココで待ってて」と言われて 若菜の用事が終わるまでコンビニの前で1分位待ってた。 何で私はこんなことしてんだろう。

若菜が小さいビニール袋を片手にコンビニを出てきて、 それから今度はコンビニの近くの公園に連れて行かれた。 人が少ない公園のブランコに座って、若菜はさっきビニール袋から何故かヨーグルトを取り出して私に差し出した。
ヨーグルトは3個、スプーンは2つあった。

「元気の無い時はコレを食え!」
「食えって言われても、何でヨーグルト?」
「そんなん俺の大好物だからに決まってんだろ?」
「私はチチ○スよりブル○リアの方が好き」
「食わないなら俺が食うぞ」
「良いよ、食べても」
「…」

若菜は何か文句を言いたそうな顔をしたけど、ヨーグルトのフタを開けてスプーンをさしてくれた。 それを私に渡すと自分の分も開けて食べていた。 私も一口、ヨーグルトを食べた。そういえばヨーグルトを食べるのは久し振りかも。 甘酸っぱい味が口の中に広がる。

「学校の後のヨーグルトは最高だな!」
「そう?」
「おまえなー、もうちょっと俺に合わせろよ」
「やだ」

二口目を食べて、口の中全体にヨーグルトの味が広がった。 あーなんだかプリンも食べたくなってきた。むしろプリンが食べたかった。 若菜に言ったりしたらまた嫌な顔されそうだったからやめた。

「最近どうよ」
「何が?」
「色々」
「普通」
「ふーん」
「若菜は?」
「微妙」
「へぇ」

こんなところでヨーグルトを食べながら会話をしたのは初めてだ。 しかも隣りにいるのは何で若菜なんだろう。若菜と2人で学校の外に居るのも初めてかもしれない。 先にヨーグルトを食べ終わった若菜はビニール袋にゴミを入れてブランコをゆらゆらと揺らしてる。 ブランコに乗る姿は似合うようで似合ってない気がするのは私だけだろうか。

「明日も授業6時間だっけ?」
「多分」
「めんどくせーな。でも俺明日は練習だから少し早く帰るけど」
「卑怯者」

私もヨーグルトを全部食べてビニール袋にゴミを入れた。
食べ終わってもまだ口の中は甘酸っぱい。

さ、今日ずっとボケーっとしてたよな」
「うん、してたね。見てたの?」
「たまたま。俺も今日はずっと上の空状態」
「いつも、じゃん?」
「まーな」
「なんかめんどくさくて、つい」
「俺もめんどくて、つい」

"つい"なんて言えるのか分かんないけど、とりあえずそういうことにしておいた。

すべり台のある方からきゃーきゃーと楽しそうな笑い声が聞こえる。 風が吹いて木がさわさわと音をたててるのも聞こえる。 なんだかとても心地良い。

「まだ5時なのに何か暗くなってきたな」
「もう秋だしね」
「来年の今頃はもう卒業間近なんだよなー」
「うん」
「どこ高行くつもり?」
「まだ全然決めてない。若菜は?」
「俺はサッカーあるからなー」
「あーそっか。良いなぁ、先が見えてて」

私なんてお先真っ暗!と付け足して私は笑った。若菜も笑ってた。 「そんなことねーよ!」ってつっこんでほしかったんだけども。まぁいっか。 軽く地面を蹴ってブランコを少し揺らした。ブランコなんて懐かしい。 水色の空は少し濃くなって、雲の隙間からオレンジの夕日が顔を覗かせる。 若菜の髪の毛は夕日があたって夕日と同じオレンジっぽく見えた。

「サッカー選手って言ってもな〜まだ決まった訳じゃないし」
「若菜なら大丈夫だよ。多分」
「目指してんのは俺だけじゃないんだぜ?」
「なにそれ、やけにネガティブだね」
「俺だって落ち込んだりすんだよ」
「ヨーグルト食べたんだから元気出しなよ」

元気出せ、っていうのは最初とは立場が逆転したセリフだった。 口の中の甘酸っぱいヨーグルトの味はそろそろ消えかかってきてる。 突然若菜がブランコから降りて鞄を持って私を見た。

「じゃぁもう1回買いに行こーぜ」

笑ってそう言う若菜に何故か今は「いや」とか「めんどい」とか「まだ食うのかよ」ってセリフよりも先に 「行ってあげても良いよ」って返事をしてしまった。 若菜なら「何様だよ」ってつっこむかと思えば、普通に「おう」って返事をしてた。 なんだか上手く噛み合ってない気もするけど気にしないでおこう。

「今度はプリンが食べたい」
「俺が奢んの?」
「あたぼうよ」

たまには嫌なことも忘れて、思いっきり食べるのも良いかもしれない。

What's up? / 2003.09.20 | 戻る