Font size :
少し混雑した午後8時過ぎの電車。
親戚の家まで1人で行った私はただ外の景色を見つめながらドア付近の所に立っていた。 私の家から親戚の家までは電車で1時間位かかる。 疲れて立ったまま寝てしまいそうだった。…席が空けば良いのに。 次に止まる駅は少し大きな駅で乗り換えをする人が多いから、座れると良いんだけど。 車内にアナウンスが流れて、その後駅のホームに入り電車がゆっくりと止まった。

電車の中からはやっぱり人が結構降りていた。でも私が立っていたすぐ近くの席は 誰も立ち上がることがなくて座れなかった。 それからまた、今度は乗ってくる人が降りた人と同じ位で全然変化は無かった。 朝のラッシュとかに比べれば、全然少ない方なのかもしれないけど。

あ…、

突然視界に入ったのは白いビニールバックを肩に掛けたジャージ姿の人だった。 でもそのバックは何処かで見覚えがあって、顔を上げたら知り合いが立っていた。 幼馴染の横山平馬が、相変わらずの無表情で。 でもそんな平馬が小さい頃から気になって仕方がない。

「平馬」
「…何してんだ、
「何してんだって…親戚の家に行ってたのよ。そっちは練習の帰り?」
「そう。いつも通り選抜の練習」
「そっか。お疲れ様」
「本当に疲れた。眠い」

平馬は私の後ろに立って、無表情から少し眠そうな顔に変わってた。 ドアが閉まって、電車がまた動き出した。 ふらつかない様に私はドアの横の手すりを掴んだ。 平馬はドアの正面にある上のつり革を右手で掴んで立っている。 手すりを掴んでても電車が揺れるのに合わせてぐらぐらしてたけど。(立ったまま寝る気かよ!)

「平馬、寝ちゃ駄目だよ」
「…寝てないよ、起きてるってば」
「ほっぺつねってあげようか?」
「痛いからヤダ」

平馬は「ふぁあ」と欠伸をして首をゆっくり回した。コキッって音がして何だか可笑しかった。 それから肩に掛けてた重そうなバッグを足元に下ろした。

「喋ってよ、何か」
「何かって何?」
「何でも良いから。黙ってたら、このまま寝そう」

…話してる途中でも十分寝る可能性はあるんだけどな。 とりあえず言われるがままに何を話そうかとネタを探した。 学校でもクラスは同じだから学校であったことを話しても意味が無いし、他に何かあったわけでもない。

「ケースケ君元気?」
「何でケースケの話なんだよ」
「だってネタが無いんだもん」
「俺が今日冗談で『背中に毛虫ついてんぞ』って言ったら半泣きだった」
「本気で毛虫嫌なんだからそういう笑えない冗談言っちゃ駄目だよ…」
「毛虫が背中に付いてた位で半泣きするか?」
「半泣きどころじゃなくて大泣きするってば」

電車が急に揺れてスピードを落としてホームへと入っていった。 平馬と話していることに気を取られて手すりから手を離していた私はその揺れに合わせてぐらっと前にバランスを崩した。 後ろを向いて平馬と話していたから、当然目の前には平馬が居たわけで。

「わっ!」

ドンッ

思いっきり平馬の胸に飛び込んだ…、なんて可愛らしいことじゃなくてタックルをしてしまった。 平馬はつり革を掴んでいたから倒れずに済んでいた。 電車は駅に停車し、私達が居た方と反対側のドアが開いた。

「なんで起きてんのにタックルすんだよ」
「だっていきなり揺れたから…!足元の平馬のカバンもあるし」
「危なっかしい奴だな」

プシューッとドアが閉まり、電車はまた動き出した。 すると私の右手を平馬の左手が握った。私の手より暖かかった。 平馬は相変わらず眠そうで、車内にはさっきと変わらない乗客が居る。 幼馴染だから、昔は手をつないで一緒に幼稚園行ったりとかはしてたけど 15歳で手をつなぐなんて思ってもいなかった。平馬は全然照れてないみたい。 むしろ少し顔が熱い私がバカみたいだ。 だから私は黙って平馬の手を握り返した。冷たかった手が少しずつ暖かくなる。
話すネタも尽きてきて、私は窓の外の景色を意味も無く眺めていた。 街の灯りが真っ暗な空間でキラキラと光っている。

「なに見てんの?」
「え…別に、なにも」
「暇だな」
「うん」

また2駅程停車したら、車内に居る人の数が減っていて座席も余裕が出来てた。 やっと座れる、と思っていたら自分達の降りる駅まで後1駅だった。 地元に停車して、暖房の効いた車内から一歩外に出ると吐く息が白かった。 鼻の奥がツンとする感じがする。

「さむー…っ」
「真っ暗だな」
「そりゃ夜だし」
「早く帰ろうぜ」

いつの間にか、暖かい手は離されていて少し寂しい感じもした。 何を考えてるんだ自分!とツッコミを入れてしまうけれど、離して当然だと思った。 改札を出ていつも歩く道を平馬と一緒に歩いた。 真っ暗な道に白い息がふわっと浮かぶと消えて、街灯と空の月と星が道を照らした。

「平馬」
「ん?」
「私をここに独りぼっちで置き去りにしないでね」
「何言ってんだよ」
「だって、真っ暗で恐いし」
「言われなくても、送ってく」

幼馴染だろ、と付け加えられてしまったら私が今少し嬉しい気持ちになったのも すべてかき消されるような気がした。 仕方なくって感じで相手にされてるんだったら嫌だなって思ってしまう。 実際にそうだとしたらショックを受けて立ち直れないかもしれない。 幼馴染って、良いのか悪いのかよくわかんないよ。 私が平馬のこと好きだって、絶対気付かなそうだし。

「ほら、早く来いよ。寒いだろ」
「え?」

私より2mくらい先を歩いてた平馬が立ち止まって振り返った。 やっと追いついた私の手をまたつかんで歩き出した。 1人で歩いている時より速度を落して私のペースに合わせてくれてる。

「…好き」
「なにが?」
「微妙に優しい平馬が」
「微妙って何だよ…」
「だって、平馬だから」
「…意味わかんないけど」
「いいの、私はわかってるから!」

だんだん恥ずかしくなってきて、無理やり会話を終わらせた私のことを 平馬は不思議そうに見ていた。こんな会話じゃ何も理解できないよ、普通。 本気で告白する勇気なんて無いから、半端な会話しか出来ない自分が嫌になる。

「なぁ」
「な、何?」
「今日さ、ケースケがのこと気になるって言ってたぜ」
「え!?なに、言ってんの!」
「だから毛虫の話してやった」
「ちょ、待ってよ、話の内容がわかんない…!」
「なんていうか、とケースケが付き合うなんて想像すんのも嫌だし」
「や…誰も付き合うなんて…」
「そのこと考えてて電車乗ったら本人居るし、俺今のことしか考えてない」

真顔というか無表情というか、コノ人なに言ってんの?って思ってしまうけど それと同時になんとなく意味が理解出来てきて顔がさっきより熱くなった気がした。 『のことしか考えてない』ってそんなストレートに言われても…!

「ねぇ…言っとくけど私ケースケ君のこと好きだなんて1回も言ってないよ?」
「…マジ?」
「うん。それに私、平馬が好き」

言った後に恥ずかしくて下を向いた私は、平馬の顔なんて見れなかった。 でも平馬は立ち止まって、私の方を見ていた。なんかいや、この時間。 本当は告白するつもりなんて無かったのに、何なの自分。

「ほんとに?」
「う、うん」

何も言わない平馬が気になって顔を上げると、平馬が少しだけ顔が赤くなってるように見えた。 周りま真っ暗で、近くの街灯の光がわずかに届く場所にいるからハッキリとはわからないけど。 こんな顔の平馬を見るのは、15年間の中で初めてのことだった。 そんなことを考えていたら平馬にぎゅっと抱きしめられた。 びっくりしたけど、私も平馬の背中に手をまわした。嘘みたいだ、こんなの。

「俺も、大好き」
「…うん」

さっきまで、冷たかった体が一瞬にして暖かくなった。寒さじゃなくて、恥ずかしくて耳が真っ赤だ。 それから私の家の前までの道のりは、恥ずかしいのと嬉しいのとでわけがわからなかった。 親戚の家に行ったことや時刻は午後9時を過ぎてるっていうことさえも忘れかけてて、 今まで夢を見ているかのようだった。

「送ってくれて、ありがとう」
「気にすんな」
「気をつけて帰ってね」
「あぁ、それと…」

何だろうと思っていたら平馬が少しかがんで、私の頬にちゅっとキスをした。

「今日あったこと、夢じゃないからな」

その行動に私が何も言えなくなって、平馬は「おやすみ」と言い残し帰ってしまった。 しばらく理解できなくて、家の前に5分ほど立ち尽くしてしまった。 そんなこと言われたって、私には夢としか考えられない状態。 明日は絶対平馬と目が合わせられないと思う。

ブラック / 2003.12.13 | 戻る