Font size :
仲の良い友達に最近彼氏が出来たらしくて、休み時間の会話はほとんど恋愛の話になった。 前は昨日やってたテレビのこととか雑誌に載ったお店に一緒に行こうとか、 そんな話をして盛り上がってたのが急に無くなってしまって少し寂しい気もした。

私にも一応彼氏がいる。 けれど3日以上連続で会うなんてことは滅多に無くて、同じ学校で同じクラスでも会う回数は少ない。 彼は彼で忙しいのだから私もそこは理解しておかないと、と思うけど気分は少し重くなる。

斜め前の彼の席は教室の真ん中にあったとしてもポツンと孤立してるように見える。 昨日も今日も彼はそこに居ない。最近見たのは先週の火曜日に1回来た時だけだった。

なんで彼はサッカーをやってるんだろう。 もしサッカーをやってなければ、今も席に座ってるだろうし、3日以上は確実に会える。 それから毎日じゃなくても一緒に帰ったり、下校途中に寄り道したり、遊べるのに。

毎日会わないのが普通で、一緒にも帰れなくて、日曜日も私は一人で家に居る。

想い描いていた恋人が居る日常生活ってこんなのじゃなかった気がする。

、授業終わったよ。目開けたまま寝てるの?」
「あ…、授業終わるの早かったね」
「全然早くないよ!私ずっと時計見て終わるの待ってたもん」
「ずっと時計見てたらすごく長く感じて当然だって。ぼけっとしてるのが1番」
「私も1番前の席じゃなかったらぼけっとしてるよ。あーもう当てられてばっかりで今日は最悪!」

教卓の目の前の席なんて誰もが嫌がる場所だと思う。 友人はクジ運が悪いから、3年になって2回も同じ席を経験している。 私だって教室の真ん中のほうだから当てられる時もあるけど、教卓の前に比べれば安心して授業が受けれる。

「考え事してたら、おなかすいちゃった。お弁当食べよ?」
「ごめん、私一緒に食べれない。約束してるんだ」
「あ、そっか。ううん、こっちこそごめんね。気にしないで行って来て」
「ほんとにごめんね!今度埋め合わせするから!」

そんなのしなくていいよ、と私が笑って言うと彼女も笑って教室を出て行った。 きっと彼女は今、幸福の絶頂にいるんだと思う。 彼女の姿が見えなくなると無意識のうちに口から小さな溜息が出た。 あぁ、いまムリして笑ってたんだ、私。

気付けば教室は静かになり誰1人として居なくなっていた。 そういえばお弁当をいつも教室で食べてるのは私と友達くらいだったっけ。 みんなは校内の好きなところで仲のいい子たちで集まって食べてる。 教室の真ん中で、ひとりぼっちでお弁当食べるなんて寂しいにも程がある。

食欲がなくなって、お弁当箱を鞄にしまった。 何も無い机の上にうつぶせになって目を閉じた。 最近は考え事ばかりしている気がする。 誰が悪いのか、なんでこんな重い気持ちになるのか、まったくわからない。 考えれば考えるほど嫌になるけど、考えずにはいられない。矛盾ばっかり。

平馬と付き合い始めたのは2年のころだけど、最初はただのクラスメイトだった。 最初に会った時は"この人とは仲良くなることがないだろう"と思ってた。 だって学校にほとんど来ないし、なんとなくいつも孤立したような感じだったから。 周りからはたくさん声をかけられたりしてたけど、あんまり笑わないし、口数も少ない。 私は席替えで隣の席になってみて初めて、この人は普通に会話できるんだとわかった。

平馬が学校を休んでいる間、先生に頼まれてプリントを家に届けたり、 授業が遅れないように自分のとは別にノートをとってあげたりとしているうちに、私達の仲は次第に良くなっていった。 告白をしたのは2年の終りが近づいた冬で、私が好きだと言ったとき平馬は全く驚かなかった。 予想はしていたけど平馬は顔を赤くしたりするわけもなく、ただ「俺も好き」とだけ返事をしただけだった。 たとえ顔が無表情だったとしても、私はその返事を聞いたとき嬉しくてたまらなかった。

なんだかそれは遠い昔の思い出みたいで、夢の中での出来事にも思える。

「なに、これっていじめ?」

人の声がしてびっくりして顔を上げてみると、そこには今日は学校に来ないはずの平馬が居た。 平馬は私が教室の中心に一人で居ることに驚いてるみたいだった。 彼の服装は相変わらずネクタイはよれよれで、シャツもズボンから出ててる。 おっきいビニールバッグにはきっと教科書は1冊も入ってないのに、なんで学校に持ってくるんだろう。

「みんな他のところでお弁当食べてるから、私ひとり。いじめじゃないよ」
「あぁ、もう昼休みか…寝すぎた」
「昨日も遅くまで練習だったの?」
「昨日だけじゃない。一昨日も日曜も土曜もその前も」
「でも学校に来ただけ偉いね」
「そりゃ来なきゃいろいろ困るだろ」

斜め前の自分の席に何が入ってるかわからない重そうなバッグを置いて、平馬は私の前の席に座った。 困るって言ったって高校は推薦で受験には困らないだろうし、先生達も平馬の将来に期待してる。 そんな状況で困ることなんか無いじゃない。むしろ私が進学出来るかどうかの方が心配だ。

「メシは?」
「いらない」
「俺食べてない」
「…私の食べていいよ」

鞄からお弁当箱を出して平馬に差し出した。 遠慮なんかしないで平馬は普通に食べ始めた。こういうの初めてじゃないから慣れてるけど。

「サッカー楽しい?」
「あぁ、楽しいといえば楽しい」
「いつまで続けるの?」
「死ぬまで」

平馬は私の好きなタコの形に切ったウィンナーを食べながら何の迷いもなく即答した。 今更だけど私のお弁当箱のサイズじゃ平馬にとっておやつ程度にしかならないと思った。 なんで家でごはん食べてこないのよ。

「死んでもサッカーやってそうだもんね」
「だって俺からサッカー取ったら何もねえじゃん」
「私はサッカーやってない平馬も好きだよ」
「俺に辞めてほしいの?サッカー」
「…そんなことないけど」

辞めて、と言ったとしても、きっと平馬は続けるだろう。 ありえないけど、もし平馬がサッカーをやめたところで私は満足するんだろうか。 きっとそんなことになっても喜べるわけがない。 なのにどうして本人の目の前でこんなことを言ってるのか、自分でもわからなくなってきた。

いいたいことはたくさんあるけど、どれからいえばいいのか、 まとまらない文章が頭の中でぐちゃぐちゃになってしまってる。

「ねぇ、」
「ん?」
「あー…やっぱりなんでもない」
「なんだよ、言えよ」
「今週の土日も練習でしょ?」
「あぁ。練習っていうか遠征だけど」
「また?この前も遠征でどっか行かなかったっけ?」
「それとはまた別。この前っていっても3ヶ月位前じゃん」

それを聞いて私のテンションはまた下がった。 今週も予定でいっぱいで、どうせ来週も予定でいっぱいなんだ。 付き合ってから一緒に出かけたことってあったかな。学校以外で会ったことも無い気がする。

気付けば平馬はお弁当箱の中身を綺麗に食べ終わっていた。 ほんとにおやつ程度にしかならなかったのか、おなかいっぱいになったようには見えない。 お弁当箱を私に返すと、席から立ち上がって自分の席に置いてた鞄をまた肩にかけた。

「どこいくの?」
「午後の授業サボるぞ。帰る支度して」
「え!なに言ってんのよ…!平馬来たばっかりじゃない」
「俺を見たのはだけだし、帰ってもバレない」
「でも私が居なくなったらバレるじゃない」
「熱があるから早退するとか言っとけば平気だって」

平馬が「早く」と急かすから私は慌てて数学のノートの1番後ろのページを破り、 体調が悪いから早退するということを書いて友達の机の上に置いた。 それからお弁当箱と机の中の教科書とかを鞄につめこんで、既に歩き出していた平馬の後を追った。

教室を出てから校門に行くまでの間、同じクラスの人たちには会うことが無くて安心した。 私が見つかったとしても体調が悪いといえば済むかも知れないけど、平馬が見つかったらどうしようもない。 っていうか何で急にサボるとか言い出すんだろう。 平馬が休むことはしょっちゅうあったけど、授業をサボるっていうのは初めてだった。

昼に学校の近くを歩く人は少なくて、道を歩くのは私と平馬だけだった。 平馬は教室を出てから何も喋らない。ただどこかへ向かって歩いている。

「どうしたの?いきなり」
「これから遊ぶ」
「こ、これから?どこで遊ぶつもりなの?」
「どこって、の遊びに行きたい所で良い」

私の行きたいところ、って。 普通それって歩き出す前に言うものだと思うけど、めちゃくちゃなところが平馬らしい。 でも急にそんなことを言われたってどこに行こうかなんてすぐ決められないし、 お金だってほんの少ししか持ってないのに、遊ぶというよりは散歩くらいしか出来ないよ。

「ゴメン」
「え?」
「俺サッカーのことばっかり考えて、の気持ちとかよく知らなかった」
「平馬…?」
「普段は練習があるけど、来れる日は少しでも学校来てと喋ろうって思う」
「うん」
「あんまり遊ぶ余裕ないけど、なるべく嫌な想いさせないようにするから」

"色々困る"と言ってたのはこのことだったんだと、今初めてわかった。 何も考えていないんだと、一方的に思ってしまっていたけれど、平馬は平馬なりに考えていてくれたんだ。 私はまた自分のとった行動を後悔した。

目の前が次第にぼやけてきて、涙が頬をつたってアスファルトに水玉の跡がポツポツとできた。 わがままだったり勝手に泣いたりして、私はほんとに自分は最低だと思う。 それなのに平馬は立ち止まって泣いてる私に、バッグからスポーツタオルを取り出して貸してくれた。 嫌われたって、おかしくないのに。 その優しさが心に沁みて、またたくさん涙が出てきた。

平馬はそっと私の右手を握って、またまっすぐと歩き始めた。 私も平馬のその左手をぎゅっと握り返した。 またこれが現実じゃないように思えたけれど、握った手の暖かさは現実のものだ。 想い描いていたものと違っても、今の方がずっといいものに思える。

Sentimental / 2004.04.08 | 戻る