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4月中旬。朝のニュースで桜の花が咲き始めたことを報道していた。 ユースの練習へ行く準備をして、いつもより少し早く家を出た。 玄関のドアを開けた瞬間冷たい風が吹いて思わず体を縮めてポケットに手を入れた。 昨日は少し暑いくらいだったのに、今日は何だか肌寒い。

中学を卒業して1ヶ月ちょっと経って、高校に入学して、相変わらずサッカーやってる。 勉強との両立は、まぁなんとか…やってるつもり。

「あれ?ケースケ君だ!」

突然自分の名前を呼ばれて振り返ってみると、見覚えのある子がニコニコ笑って立っていた。 えっと…名前は確か…

「ひどい、もう忘れてる」
「忘れてないって。だろ?」
「覚えてたんだ」
「忘れてて欲しいのか覚えてて欲しいのかどっちなんだよ…」
「覚えててくれて光栄!嬉しくて歌うたいたい気分」
「歌わなくていいから」

こんな道のど真ん中で。 中3の時に同じクラスになって初めて喋ったは出会った頃とあまり変わってなかった。 女子の中で一番仲が良かったのはだった。 他の女子と話した事がない訳じゃないけど、あの高いテンションには疲れるだけで、 は大人しいとは言えないけど、他の奴とは全く違う雰囲気だった。 …たまに意味不明だったりもするけど。

「久しぶり」
「うん、久しぶり!」
「寒いな」
「寒いねー」
「髪染めた?」
「わかる?」
「なんとなく」
「やだなあ、そんなにジロジロ見ないでよ。照れるじゃん」
「…」
「無反応かよ!」

相変わらずですね!、とは少し拗ねた顔をして俺を見た。 相変わらずなのはお互い様だってことに気付いてないんだろうか。

「どこ行くの?」
「駅まで。これから練習」
「偶然!私も駅に行くところ」
「そうなんだ。偶然だな」
「…今”真似すんな”とか思ったでしょ?」
「思ってないって」
「嘘!」
「じゃぁそう思っとけば?」
「えっ、やだ!」

一緒に駅に向かって歩いている途中、の意味不明な話に適当に相槌をうっていた。 ほとんどの独り言に近い感じだけど。

「ケースケ君も何か話してよ」
が俺に話させる暇を与えないんだろ…!」
「じゃぁ良いよ、存分に話してくれたまえ!」
「…いきなりそんなこと言われても」

いざ"話して"と言われても何を話して良いのか迷った。 高校だって始まったばっかだし、サッカーのことは今更話すようなこともないし。 他に変わった事だって無い。うーん…

「やっぱり話してて良い」
「何で?」
「変わったこととか無いし、俺サッカーやってるからTVとかあんま見ないし…ネタが無い」
「えー、つまんないなあ。久々に会ったのに」

じゃぁ私が何か話すから構ってね、とは言った。 何だかこういうのって変な会話だな、と思う。 ずっと沈黙が続くよりはマシだと思うけど。

「ケースケ君さ、卒業式で囲まれてたよね」
「いきなり思い出話かよ」
「良いじゃん、懐かしくて。っていってもそんなに昔じゃないけどね」
「…は泣いてたよな」
「え!何で知ってるの?!」
「目撃したから」

はヒャー!と言って両手で顔を覆った。 それから指と指の間を少し開けて、その隙間から俺の方を見る。 この反応、高校生とは思えない…なんて言ったら平手をくらってもおかしくないから止める。

「人生最大の恥!」
「あんな大勢の前で泣いてたくせに…」
「だって悲しいじゃない!ケースケ君って冷淡な人間だよね」
「(何でそうなるんだよ…)皆の前で大泣きでもしてほしかった?」
「イメージダウンだから却下」

顔を覆っていた両手を取って、はきっぱりと答えた。 女子や先生はほとんど泣いてたけど男子で泣いてる奴って居なかったぞ。多分。 別に卒業式がどうでもいいことなんて、思ってないけど。 むしろ俺は新しい生活が始まることにわくわくしてたんだ、きっと。 夢にまた一歩近づいたから。

「私さ、卒業式の日にケースケ君と喋ろうって思ってたんだけど、」
「…うん」
「あの女子の集団を掻き分けてまで喋ろう何て思ってなかったんだ」
ならあの集団位も余裕っぽいけどな」
「うるさいな!…だからさ、もう会う事も無いのかなって思ってたわけです」

視線をコンクリートの地面からに移すと、そこには少し寂しげな表情があった。 今までは笑った顔とか、拗ねた顔とかばっかりだったけど、それとは全く違う顔。 は地面を見ていた顔を少し上げて、俺を見て微笑む。

「今日会えて本当に良かったよ」

俺も

と、言おうとした時にが「あ!もう駅だ」と言った声がして言い出せなかった。 は時計を見て、それから辺りを見渡した。

「私、友達と待ち合わせしてるんだ」
「そうなんだ。俺も…そろそろ行かないとな」
「練習頑張ってね!」
「あぁ」

じゃぁまた、と言って改札に向かおうとした時、に呼び止められた。 それから俺の近くまで来て立ち止まった。

「一つお願いあるんだけど、良い?」
「な…何?」
「握手してくれる?」
「は?」

理由が分からないけど、とりあえずポケットに入れていた右手を差し出すと も左手をゆっくり差し出して俺の手を軽く握った。 握った手は細くて小さくて寒さで少し冷たくなっていた。 互いに恥ずかしくなって同時にすぐ手を放すと、は照れた様子で笑って言った。

「ケースケ君が有名になったら自慢するんだ」
「まだ決まってもいないのに…。じゃぁ遅刻するからもう行くよ」
「うん、ごめんね!」
「良いよ、別に」
「じゃぁまたね」
「あぁ、じゃぁな」

今度こそ別れを告げて、定期を入れて改札を通った。 エスカレーターでホームに上がる途中振り返って改札の方を見るとの後姿が見えた。

今度会うのはいつになるだろう。
さっき「俺も」って言えなかったこと、少しずつ後悔し始めてる。

Cherry blossoms / 2003.05.17 | 戻る