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日曜だというのに受験生の私は塾で3時間程勉強をして、頭の中は漢字や数字でいっぱいだ。 疲れ果てた帰り道、ポケットに入れておいたケータイの電源をオンにしてメールチェックをした。 マナーモードにしていたケータイがブブブと動いて、画面には"新着メールあり"の文字が。 また友人の誰かがメルアド変更の知らせでも送ってきたのかと思いきや 疲れてる私を更に疲れさせる内容のメールだった。

送信者:山口圭介
本文:メシ作って

「…は?」

山口圭介といえば「俺サッカー推薦あるし」と受験前で必死な私を前に余裕ぶっこいて居た サッカーバカの私の幼馴染だ。たぶん彼は364日24時間サッカーのことを考えてると思う。 大体「忙しいから」と普段はメールなんて送ってこないのに、何でこういう時は自分から送ってくるのよ。 メールはもちろん返信せずにポケットへケータイをしまった。


ハァ、と溜息をひとつ。この場所には私以外誰も居ない。 私が居るのは閑静な住宅街で、自宅とは反対方向の場所へ来てしまった。 どうしても無視することが出来なかった。 インターホンを押すとすぐに玄関のドアが開き、出てきたのは私服姿のケースケだった。

「遅かったなー」
「やっぱ帰るわ」
「ウソだって。悪いな、呼び出して」
「召使いに夕食を作らせたいんでしょ」
「何言ってんだ?とりあえず上がれよ」

教科書とかが入った重いバッグをケースケに取られて、私は家の中へと引きずり込まれた。 玄関にはケースケの履いてたスニーカー1足だけがあって、不思議に思った私が顔を上げると ケースケが「理由解った?」と少し笑って私に言った。 リビングのソファーに座って、家の中が静かだったからやっぱり私達以外誰も居ないんだと解った。

「何で誰も居ないの?」
「父親は出張。母親は同窓会で夜遅くまで帰ってこない」
「だからって何で私?」
「夕飯がコンビニ弁当とかファーストフードは嫌だから」
「自分で何か作れない?」
「おにぎりとか玉子焼きとか?」
「それで良いじゃん」
料理得意だろ?頼むよ」

顔の前で両手を合わせるケースケなんて滅多に見られないかもと思い、私は仕方なく引き受けることにした。 ソファーから立ち上がりキッチンにある冷蔵庫を開けると、野菜やお肉がちゃんとあって買出しに行く必要は無さそうだった。 ケースケが食べるんだから勝手に使っても怒られはしないだろう、と思い冷蔵庫から必要な食材を出した。

私が料理をしている間、ケースケはソファーに座り何かの雑誌を読んでいた。 少しは手伝ってくれたって良いじゃない!とキレてる時間も勿体無いので私は黙々と野菜を切っていた。 どこの家もだいたい置く場所が同じなのか、包丁や鍋等を探すのに苦労はしなかった。 やっぱり後でちゃんとケースケママに勝手にキッチンを使ったことを謝っておこう。

「こんな難しいのよく解けるよなぁ」
「何が?」
「コレ」

野菜を切るのを止めてケースケの方を見ると、ケースケの手には私が塾で使ってる問題集があった。 つまり勝手に人の鞄を開けたわけで。しかも無断だったわけで。

「何で勝手に人の鞄開けてるのよ…!」
「うわ!包丁持ったまま歩き回るなよ!」
「タダで作ってあげてるんだから手伝ったらどうなの」
「て、手伝うから包丁こっちに向けんな…」

問題集を鞄に戻して、ケースケを連れてキッチンに戻った。 しかしケースケは私の横に立ってるだけで、両手はポケットの中にある。 親孝行息子ならお手伝いなんて朝飯前じゃないんですか、と素で聞きたくなった。 早く終わらせて帰りたい私はテキパキと動き、移動する度に横についてくるケースケが邪魔に思えてきた。

「何作ってんだ?」
「ホワイトシチュー」
「肉いっぱいで、ニンジンは星型にして」
「わがまま言うなら全部ブロッコリーにするけど」
「そういうのは平馬が食べるから」
「あー、平馬君なら何でも食べそうだよね」
「だろー?じゃぁ俺あっちでゴロゴロしてるから出来たら言って」
「オッケー…ってさり気なく逃げようとしたって無理だから」

またリビングに戻ろうとしたケースケを捕まえて私が使っていた包丁を渡した。 私の目がマジなのを見てやっと真面目に手伝う気になったらしい。 それから必要最低限の会話はせず、ただシチューを作ることだけに集中していた。 料理開始から約1時間後に完成したシチューは少量しか作らなかった為すぐに鍋は空になってしまった。 待ちに待ってごはんが食べれたケースケは満足してるみたいだけど。

「ごちそーさまでした!」
「食べ終わったら、食器洗い」
「ひとりで?」
「当然」
「…がんばります。で、デザートは?」
「作って無いけど」
「鞄に入ってるヤツ、俺のだろ?」

ケースケが指差すのは、私が塾に持ってった鞄。
鞄に入ってるのは問題集と筆記用具と…

「お菓子を塾に持っていった覚えはないんだけど」
「鞄見てみれば?」

ケースケに言われたとおり、重たい鞄のチャックを開けて中を見た。 思った通り中に入ってるのは分厚い問題集と筆記用具、それとプリントの入ったファイルがある。 食べ物なんて入ってるわけないじゃない。って…あれ? 視界に入ったのはリボンが付いてる四角い箱。

「アァー!!み、見た…!?」
「見たっていうか偶然見てしまったっていうか。俺のだろ?」
「ち、違う!」

何で塾の鞄にバレンタインのチョコが入っていたのか自分もビックリしてるのに、 何で彼は嬉しそうにこっちを見てるのだろう。 早めに作ってしまったチョコを当日に渡すべきか少しフライングして渡すべきかと どうでもいいことで悩んで机の上に置いたままにしておいたのに、机から落ちて鞄に入っちゃったのね…。 ほんとに気になるのは何でケースケ宛とドコにも書いてないのに自分のものだと勘違いしてることだ。

「違うんだ?」
「違う」
「じゃぁ誰へのお土産なんだよ、それ」
「は?」

お、お土産…!!
やっぱり山口圭介はただのサッカーバカだということがよくわかりました。 あと数日すればバレンタインってことで世間も騒がしくなってるのに気付かないなんて… ていうかこの忙しい時期に誰が旅行なんて行くんだよ! そんなやつにチョコをあげようとしていた私が恥ずかしくなる。 きっと当日に誰かから渡されるまで気付かないんだろうな。

「…やっぱり食べて良いよ」
「マジで?」

あんなに悩んだ自分がアホらしくなって、私はケースケにチョコを渡した。 毎年バレンタインには義理チョコをあげてたけど、今年のは本命チョコだったのに。 喜んで食べてくれるなら無駄にはならないかもしれない。 リボンを解いて包装紙を開けた中に箱があって、フタを開ければ昨日作った手作りのチョコ。 ひとつ手に取ってそれを食べるとケースケは「超ウマイ」って嬉しそうに言った。

「あと少し経てば、もっと美味しいチョコいっぱい貰えるのに」
「今年はこれ1つで十分かな」
「え?」
「あぁやって言わないと、絶対チョコくれなかったろ?」
「待って、自分宛のバレンタインのチョコだって解ってたの…!?」
「だって俺以外、渡す奴居ないじゃん」

ホントに彼の自信はどこから出てくるのか知りたい。
どうやって渡そうとか、何て言おうとか凄く考えた自分がホントにバカに思えてくる。

「3月14日、期待してるから」
「告白を?もう返事わかってるけど」
「ケースケって1回地獄を見た方が良いと思うよ」

そう言うとケースケは「俺は絶対に天国に行く」とかわけわかんないことを言い出した。

自信家:山口圭介、やっぱりさっき包丁で刺すべきだったかもしれない。

ホワイト / 2004.02.11 | 戻る