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物音ひとつ聞こえない深夜、この時間にいつも閉じている瞼は瞬きを繰り返してる。 視線の先には画面の8割が黄緑色になっている四角いテレビ。 その中で動き回る色違いの服を着た人たちと、人の間を忙しそうに転がる白黒のボール。

あと何時間か経てば太陽が姿を見せるというのに、隣に座る圭介はあくびもせずにテレビを観ている。 わざわざ深夜に生中継で放送される海外サッカーの試合をリアルタイムで観ることはないと思うけど テレビに映るサッカーの試合に夢中で、試合が始まってから一言も喋らない。

ルールも選手もチームも全く知らない私の頭の中は疑問だらけだ。 なんで審判が笛を吹いたのか、とか、なんでピッチの両側に居る人は旗を上げたのか、とか。 だけどその疑問を、集中して試合を見てる圭介にいちいち聞くのは悪いと思って、私はただ隣に座ってテレビを見ていた。 すると、テレビの中でまた審判が笛を吹いた。 静かな部屋にこの高い笛の音はよく響く。



?」

確かに目はテレビの方を向いていたけど意識はどこかちがうところにあった私は、 テレビを観ていたはずの圭介に話しかけられた言葉を理解するのに数秒かかった。 圭介の顔を見てから、テレビに視線を戻すとサッカーではなく新発売のジュースのCMが映っていた。

「…あれ、試合は?」
「前半終わったとこ」
「あ、そうなんだ」

急に出そうになったあくびをかみ殺して目をこする。 いつもは絶対寝てる時間に起きてるのはなんだか変な感じだった。 こんな時間まで起きてるのは大晦日以来かもしれない。

寝たらダメ、と誰かに言われたわけではないけれど、なんだか寝る気になれなかった。 こうやってゆっくり2人で居るのが久しぶりだったからかもしれない。 そんなことを考えながらベッドに寄りかかって掛け布団にくるまってる私を見て圭介が口を開いた。

「眠いなら、寝ていいのに」
「平気」
「わかんないのに観てても楽しくないだろ」
「わかんないけど、いいの」
「いいのかよ」

そう言って圭介は笑った。圭介が笑っているのを見ると嬉しくなる。

CMが明けてテレビの中にまた黄緑のピッチが映し出された。 前半のダイジェストが流れ始めて、シュートのシーンがスローモーションで繰り返される。 蹴られたボールはキーパーの伸ばした左手を掠って吸い込まれるようにゴールへ入っていってネットを揺らした。

湧き上がる歓声の中で仲間に囲まれて嬉しそうに笑ってる選手と、横に居る圭介を重ねてみたりして。 何年後かには、彼をテレビ越しにしか見れなくなって、遠い存在になってしまうかもしれないんだと思うと悲しくなってきた。

左に体重をかけてゆっくりと圭介に寄りかかると、確かに伝わる暖かな温度。心地よくて安心する。

「やっぱり寝る」
「…この状態で?」
「うん。おやすみ」

一方的に話を終わらせて目を閉じると、圭介も「おやすみ」と言って、その大きな手で頭を撫でてくれた。 それだけで私は幸福感でいっぱいになる。こんな我侭を言えるのも今だけかも知れない。

終わりなんて来なければいいのに。

今はただ目を閉じて / 2004.11.15 | 戻る