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01:Kick Off
「遅いわね…」
「誰か待ってるんですか?」

トレセン当日の朝、都選抜の移動用バスの前で西園寺監督と中村コーチが話している。 都選抜のメンバーは全て揃っているが、監督はまだ誰かを待っているようだった。
待ちくたびれた藤代がバスの窓を開けて顔を出した。

「監督、まだ行かないんスか?」
「そうね…仕方ないわ。行きましょう」

時計を見て一瞬ためらったが、監督は諦めてバスに乗り込む。
そして都選抜は福島のJヴィレッチへと向かった。


何時間かしてようやくJヴィレッチに付き、都選抜メンバーは7時まで自由行動をとっていた。 その間、風祭は藤村を名乗るシゲに会ったり、九州選抜の高山にぶつかったりしたからか、 7時に集合した時には少し疲れた表情だった。

「大丈夫か?」
「あ、うん…平気」

水野の問いに風祭は苦笑して答える。そうしているうちに、榊からトレセンの説明が始まった。 トーナメント表も張り出され、各地域の選手のテンションは上がる一方だった。

「榊さん、そろそろあの子くるはずなんですけど…」

周りがざわめく中で西園寺が榊に話しかける。 あの子というのは朝の待ち合わせ時間に来なかった人物を指しているようだ。
榊もその人物を知っているのか、時計を見て少し困った顔をしている。

「連絡はしたのか?」
「はい、こっちに着いてから電話かけてみたら寝坊しちゃったみたいで今から来るって…」
「やれやれ、あの子らしいな」

2人が話していると前にあるドアがコンコンと鳴った。そしてガチャ、とドアが開く。 ドアの向こうから顔を出したのは見るからに選抜とは関係の無い少女だった。 ジャージ姿でもなく、パーカーにジーンズとラフな格好で、金に近い色の髪と両耳に光るピアスが目立つ。 ざわめいでいた室内は静まり返り、そこにいた全ての人が少女を見た。

「すみません、遅れました」
「遅いわよちゃん。心配したわ」
「久しぶりだね、くん」

榊が割って入る。 少女は西園寺監督と榊に一礼すると、もう一度「すみません」と謝った。

「お久しぶりです。っていうか、何で私がここに来なきゃならないんですか」
「そう言わずに。適当に見学するだけで構わないから。キミのお父さんに頼まれたのは知ってるだろう?」
「知ってますけど…じゃぁ見学だけなら」
「榊さん、何ですかこの子は」
「こんな不良みたいな子、今回の選抜に関係無いじゃないですか」

「不良」という言葉を耳にした途端、の表情が変わった。 そして不良と言ったどこかの選抜の監督の方を睨む。

「ケンカもタバコも酒もやってないけど。人を見た目で判断すんの止めてよ、オジサン」

突然飛び出した少女のこの暴言に、選抜メンバーは固まってしまった。 だがそれを聞いた”オジサン”と呼ばれた人物は怒り、を指差して声を張り上げる。

「オジサン? 君、大人に敬語を使ったりしないのか!」
「敬語って相手に敬意を表すために使うものでしょ? オジサンはその対象になってないから使わない」

は一歩も引かずにその人物を睨みつける。
不穏な空気が漂う中、側にいた別の関係者が榊に話しかけた。

「榊さん、やっぱりこの子は…」
「私が呼んだんだ。別に普通の女の子だよ」
「わ、私は反対ですよ! こんな子が参加するなんて…」
「榊さんが良いって言ってるんだけど。どうしても駄目だっていうなら帰ります」

来たくて来たわけじゃないし、と言うは榊の顔を見て言うと、榊は「まあまあ」と言って宥める。 西園寺監督はその様子が面白いのか、他の監督と違いこっそりと笑っていた。

「別にええやん」

そう言ったのは桜上水の佐藤もとい関西選抜の藤村、シゲだった。 そこに居た全員の視線がシゲへと移る。

「確かにおっさん達が悪いわ。見た目は関係ないやろ」

シゲの言葉に監督達は黙り込んでしまった。

「その子がそれで駄目なんやったら俺も退場やな」
「ふ、藤村! 何言ってんだお前!」

シゲが席を立つと同時に関西のコーチらしき人物が慌てて止めに入った。 そして後ろから井上が「何アホなこと言ってんねん! お前おらんとアカンやろ!」とシゲを座らせる。

「…じゃぁ決まりやな」

シゲは作戦通りと言った感じにニヤっと笑って言う。文句を言っていた監督達はついに折れて溜息をついた。
そしてシゲはに対してにっこりと微笑んでこう言った。

ちゃんって言うたよな」
「そうだけど」
「小島がよろしゅーって言っとったで」
「は…? なんで有希のこと知ってんの?」

初対面で知人の名前を出され、は不審な顔でシゲを見る。
すると、その問いに返事をしたのはシゲではなく風祭だった。

「同級生なんです。小島さんの友達ってアナタだったんですね!」
「…ああ!前に有希が言ってたチビとイケメンとキンパツ!」

イケメンという言葉にシゲが思い切り吹き出した。そして机をバンバン叩きながら苦しそうに笑う。 水野本人は顔を真っ赤にして下を向き拳をふるふると震わせていた。

「イケメンやって、たつぼん!」
「小島のやつ…、笑うなシゲ!」

すっかりシゲのペースで話が進んでいる所だったが、榊がまた真ん中に立って話し始めた。

「というわけで紹介が遅れたが、この子も一緒に参加する。と言っても見学だけだが。くん、自己紹介を」
。中2。あんまり関わる事無いと思うけどよろしく」
「彼女はあぁ見えてもサッカーは君達と同じ位のレベルだ。仲良くしてやってくれ」

榊の話が終わるとまたざわめき始める。 どこの選抜でもは既に注目の的だった。 当の本人はみんなが解散する前には自分の部屋へと帰ってしまっていたが。
は明日から自分がどんな目に会うかも知らずぐっすりと眠っていた。
2003.03.08 / Top | 02:Captain →