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09:Individual Skill
「ヤバ…もう後半終わりじゃん!」

は食堂を出てから西園寺監督をすぐ見つけられたものの、 何かと仕事を任された上に、東京選抜の一部メンバーに捕まっていた。 応援に行くと言っておきながら既に後半終了間際だった。

「ちくしょー…都選抜の奴ら覚えとけよ…!」

走って東海選抜の試合をやってる場所に行くと、試合はまだ続いていた。

後半44分 ロスタイム3分

東海 1 − 2 東北

「何、これ…」

ベンチからは東海選抜の監督がフィールドに向かって大声で指示を出している。 選手達は残り少ない時間で1点を取る事に必死だった。 優勝候補の東海選抜が、ここまで苦戦する姿を誰が予想しただろう。

『俺達のこと無名だからって甘く見ない方が身の為だよ』

の頭には日生が言った言葉が浮かびあがる。 目の前では自信満々で笑っていた圭介が普段とは全然違う表情で味方に声をあげていた。 平馬の出したパスも東北にあっさりとインターセプトされてしまう。 普段の試合を見たことがないでも、何か様子が可笑しいと感じられた。

ピピーッ!

呆然としていたの頭に試合終了のホイッスルが鳴り響いた。 東北のベンチから歓声が聞こえる。 それとは逆に東海の選手達はその場に座り込んでしまった。 何がなんだかわからなくなったは近くで下を向いていたケースケを見つけ声をかけた。

「ケースケ!」
「…
「ごめん、試合ほとんど見れなかった」
「良いよ、別に。むしろ見てほしくなかったかも、こんな試合」

苦笑して言うケースケにどう答えて良いのか分からなかった。
突然、風が吹いて汗をかいた体をひんやりと冷たくした。
は手に持っていたタオルを「風邪ひくよ」とケースケに差し出した。
すると肩にタオルをかけた日生が笑みを浮かべてやってきた。

「警告したのに、甘く見てかかって来たのが悪かったね」
「日生…」
「あぁ、そうだな。俺達が悪かったかもな」

そう言ってケースケはに「先行く」と告げて他の東海のメンバーと共に行ってしまった。
残されたは日生をキッと睨んでいる。

「日生ムカつく!」
「1度も対戦したことないのに、"負ける"って決め付けられてる方がムカつくけど?」
「む…確かに…」
「逆の立場だったら絶対腹立つだろ?」
「…多分」
ってさ、あの二人のどっちかの事好きなの?」
「は?」
「それとも金髪?」
「違う!」
「じゃぁ好きな奴とか居ないんだ?」
「男目当てで来たんじゃないんだけど」
「ふーん。じゃぁ俺がをもらってやるよ」
「何でそうなんの!」
「ちぇ…俺マジなのにな」

日生が少しいじけた様子で居ると後ろから東北のコーチらしき人が日生を呼んだ。 東北は既に次の試合に向けて作戦会議を始めるようだった。

「俺行かなきゃ。試合観に来てくれよな!」
「一発レッドで退場しろ」
「それもなりの愛情表現だろ?」
「足の骨へし折るよ」
「じょ、冗談だって。じゃぁーな!」

勝ち組は試合。負け組は見学。 実際負けたし、ルールだから仕方ないと思いはそれ以上考えるのを止めた。 でも悔しさだけは少しだけ心に残っていた。





次の東京対東北の試合を見に行こうか行かないか迷いながら歩いてたは たまたま通りかかった水のみ場で真田を見つけた。いつもの2人は一緒じゃない。 そーっと後ろから近づき、水を飲んでる真田の背中をポンと叩いた。

「一馬」
「ゲホッ! …ゴホッゴホッ!」

案の定びっくりして気管に水が入った真田は思いっきりむせていた。 やりすぎたと思ったは「すまん」と謝って背中をさすった。 呼吸をととのえた真田は怒った様子で顔を上げた。

「結人!」
「結人じゃなくて、私だよ」
…! おま、なに…!」
「お前ここで何してんだって言いたいの?」
「水飲んでる時に後ろから脅かすか、普通…!」
「そこまで驚くとは思わなかったから。何で1人?」
「俺1人だったら悪いかよ」
「誰もそんなこと言ってないし」

真田は持ってたタオルで口を拭いて、まだ流れ続ける水を止めた。 少し古びたその蛇口からは水がぽたぽたと落ちている。 真田は何か言いたそうな顔をしてを見た。

「なに? さっきのことなら謝ったじゃん」
「ち、違う! …東海、負けたんだってな」
「なんであんたが暗い顔すんのよ」
「だって、応援してたんだろ?」
「応援したって負ける時は負けるよ」
「なんかあっさりしてんな…」
「一馬はハッキリしないからスタメン落ちるんだよ」
「うるせー!」

関東戦は監督の作戦が…などと真田は説明したがは一生懸命な真田を見て笑っていた。 もちろんそんな反応をされた真田は機嫌をどんどん悪くしていく。 その反応がまたおかしくては笑いをこらえながらゴメンと謝った。

「次の試合観にくんのか?」
「どうしよっかって悩んでたとこ。何もすることないし」
「ふーん」
「一馬と一緒にベンチ座って観ようかな」
「…俺がスタメン落ちるって決め付けてんのかよ」
「べっつに」
「オイ!」
「一馬ー!いつまで水飲んで…え? ちゃん!」

なかなか戻って来ない真田を探しに、若菜と郭が呼びにきた。 まさかと喋ってて戻って来ないなんて思ってもいない2人は吃驚して動きが止まってしまった。

「わ、悪い…がいきなり出てきてさ」
「なにそれ、私がオバケみたいな言い方じゃん」
「元はと言えば後ろから脅かすのが悪いんだろ!」
「少し遊んだだけだし」
「なんか、仲良くなってるね2人共」

英士の一言に一馬は激しく動揺していた。 結人は「どうゆうことだ!」と一馬の両肩を掴んで前後にブンブン振っている。

「お、俺はなにも…やめろって、痛ぇ!」
「仲良さそうに喋ってたくせに"何も無い"なんて嘘だな!」
「結人、とりあえず試合前なんだからやめなよ。もう時間だし行くよ」
「おー、そうだった。急がねーとヤバイんだった」
「首痛ぇ…」
「じゃぁ、俺達行くから。良かったら試合観に来て」
「ほら一馬行くぞ」

が一言も喋る隙も無く、3人は急いでその場を去った。 試合に観に行ったとして他のメンバーに会うことに抵抗はあったものの、 やっぱり東北の実力を見てみたいと思っていた。
しょーがない、行ってやるか。
はここに来て初めて見る試合が少し楽しみだったりもしていた。

2003.11.25 / Top | 10:Target →