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閉じていた瞼がゆっくりと開く。
枕元に置いていた携帯の画面を見ると、まだ午前6時だとわかった。
今日はいつもより寝起きがよく、はベッドから出て洗面台へと向かう。
顔を洗い、カーテンを開けて窓を数cm開けると気持ちの良い風が部屋に入ってきた。 4泊5日のトレセンも今日で4日目。今日の試合が終われば東京に帰ることになる。 最初は嫌いだったこの環境にやっと慣れてきたところなのに、とは小さく溜息をついた。 朝食は8時過ぎで、それまで1時間以上の余裕がある為、は外を散歩することにし、 ついでに昨日功刀に借りたジャージを返そうと、それを持って部屋を出た。 昨日の夜の寒さが嘘のように暖かく、上着を着なくても十分過ごせる天気だった。 誰も居ないはずの練習場に、一人でランニングしてる人物が居た。 近づいてよーく見てみると東京選抜のジャージを着ている。 「ポチ?」 「え?あ、さん。おはようございます!」 風祭は走るのを止めての方へと駆け寄り、笑顔で挨拶をする。 本当にポチというあだ名がぴったりで、も思わず笑顔で挨拶を返してしまった。 どれ位前から走っていたのだろうか、風祭の額から汗が流れている。 「ずいぶん早起きだね」 「何だかすごく寝起きが良くて…今日は試合最後だから、落ち着かないんです」 「私も寝起き良くて散歩しようとしてたところ。今日って九州とだっけ?」 「ハイ、勝てば関西と決勝です」 「関西か…そういえば金髪と学校同じなんじゃなかったっけ?何で関西なの?」 「何か色々事情があるみたいで…僕もよくわからないんですけど」 風祭は困った顔をしながらそう答える。 はふと、風祭達と同じ学校で友達の小島が言ってた言葉を思い出した。 『私今度トレセン行くことになった』 『何しに?』 『謎』 『…こっちが謎だわ。ウチのサッカー部からも3人行くことになってるわよ』 『都選抜だっけ? 上手い人居る?』 『背が小さくてヘタだけど着実に成長してる奴と、 頭良くてサッカーも上手い美形と、考察が趣味のロボみたいな奴』 『強いのか弱いのか微妙だけど』 『あと1人居るんだけど、なぜだか選ばれなかったのよね』 『へー。どんな奴?』 『金髪で派手だけどサッカーはきっとウチで1番上手いわ』 『ふーん。どんな奴か見てみたい』 小島が言うんだから嘘は無いだろうと思っていたものの、実際に本人と会えば予想外の人物で しかもまだ1度も本気でサッカーをやっているところを見たことが無い。 本当に強いのか疑ってしまうが、答えは今日の午後にわかることになる。 「…さん?」 「え? 何か言った?」 「なんかボーっとしてたから…」 「あのさ、金髪ってホントにサッカー上手いの?」 「上手いですよ。でも今回は本気を出すみたいだから、僕もどれだけ強いのか分からないんですけど」 「本気?」 「自分らえらい楽しそうやなー」 噂をすれば何とかってヤツで。 突然シゲがと風祭の間に現れたから風祭は吃驚して声を上げて倒れてしまった。 「大丈夫?」 「いたた…いきなり出てこないで下さいよ…!」 「2人きりで喋っとったら放っとくわけにはいかんやろ?」 「どうでも良いけど何でアンタが早起きしてんのよ」 「飲み物買いに行こうと思うて廊下歩いとったら 2人して仲良さそうに喋ってんのが見えたんや。早起きは三文の得ってやっちゃな」 「どこが得なのか謎だし」 「僕もわかりません…」 「ほら、ポチは走ってんねやろ?は俺に任して気ィ済むまで走っとき」 「え…?あ、ハイ」 「ちょっと!」 シゲは風祭の背中を押して強引にランニングを再開させる。 そして自分はを連れて施設の裏の階段の所に移動した。 階段に腰を下ろすとシゲは嬉しそうな顔でを見ていたが、の眉間にはシワが寄っていた。 「私も散歩の途中だったんだけど」 「そうなん? まぁ休憩も有やろ」 「散歩に休憩は無い」 「いーや、有んねんで。実は」 「適当なこと言わないでよ」 「たまには俺に付き合ってくれてもええんとちゃう?」 「なんで」 急にシゲが真剣な目をして言うから、は少し驚いてただシゲの顔をじっと見ていた。 多分これはいつも平馬やケースケ達と行動してるから"たまには"なんだろうと思った。 でもこんなシゲを見たのは初めてで、どう反応して良いのかわからずは戸惑った。 「スタートは同時やったのに何でアイツ等とは仲ええのに、俺のこと避けんねや」 「避けてなんか無」 「俺、真剣にのこと好きやで」 「は…?」 「強気な性格も、たまに見せる笑顔も全部好きや」 「ちょっと、まっ」 「…この真っ赤な顔もな」 「赤くした覚えない!」 真面目な顔をしていたシゲが突然笑い出したものだから、は怒ってシゲを叩いた。 しかしシゲはの反応が面白くて笑いが止まらず、余計にの機嫌を損ねる。 「顔赤くしたっちゅぅことはやっぱり俺のこと好きなんやろ?」 「赤くしてない! 金髪のアホ! どっかいきやがれ!」 「シゲでええって。ていうか俺眠いんやけど」 「寝れば良いでしょ!」 「じゃぁ寝させてもらうわ」 「寝ろ! …ってちょっと待てぇ!」 此処でか!と、自分の肩に寄りかかって寝ようとするシゲに思いっきり突っ込んだ。 シゲはのノリツッコミを褒めたが、そんなことはどうでもいい。 「部屋に行け、部屋に!」 「嫌や」 「普通、女の子が男に寄りかかるもんじゃないの?」 「別にそれでもええで? 何なら俺の胸に飛」 「くたばれ」 飛び込んで来いとでも言おうとしたのか、それはの低い声でかき消された。 そしてまたシゲが普段通りに戻ったところで、の態度も普段通りに戻ってしまった。 「笑ってしもうたけど俺ほんまにのこと大好きなんやで?」 「出逢った女の子に全部に同じこと言ってそうだけどね」 「俺めっちゃ一途って学校でも有名やで」 「証人が居ないと信じない。居たとしても信じない」 「なんやねん、それ…!」 「真面目なところ見てみないと何も言えない」 「俺めっちゃ真面目って学校でも有名やで」 「あーはいはい」 は半ば呆れた状態で話を聞き流していたが、シゲは何故か嬉しそうにしていた。 当然、それを気持悪がったはシゲから1m程離れた場所へと移動した。 「なんで離んねん!」 「私の方見てニコニコしないでよ」 「トレセン終わったら2人で遊びに行かへん?」 「それは今日の試合見てから考える」 「ほんまに? せやったら俺マジで勝ちに行くで?」 「どうぞご自由に。用事あるから、私もう行くよ」 じゃぁね、とは功刀のジャージを返しに施設へと戻るため階段から降り始めた。 下まで降りたところでは歩くのを止めてシゲの方に振り向き声をかけた。 「試合頑張ってね。楽しみにしてる」 たった一言だけれどシゲの表情は驚きから嬉しさに変わって笑顔になった。 はそれだけ言うとまた向きを変えて施設の方へと歩いて行ってしまった。 |
2004.03.06 / Top | 14:Wake up → |