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「一馬! やっぱり私の予想通りじゃない」
「うるせえ! 俺がスタメン落ちでそんなに嬉しいのかよ!」 「つーか俺もかよ、スタメン落ち…! 英士だけずりー」 「俺にあたらないでよね。ていうか3人共うるさいよ」 試合が始まる前っていうのは、普通はもっと緊張感があってピリピリしてるはずなのに 東京選抜の一部では笑い声が聞こえてくる。 準決勝の対戦相手・九州選抜の選手達は近くでその様子を見ていたがとても気分が良いようには見えない。 「誰がGKやと思っとーと。勝つんは絶対俺らや」 無失点記録更新中の功刀が帽子を被り直しながらそう言うと、 少し不安そうな表情をしていた選手達に自信が戻ってきた。 すると主審達が集まり始めて来て、選手達をピッチに召集する。 「これより準決勝、九州選抜対東京選抜の試合を始めます」 向き合って並ぶ九州と東京の選手の体格差が思っていた以上に大きくて、 ピッチの外で見ているは、特に椎名が押しつぶされるのではないかと少し心配をした。 選手達が各ポジションの場所に散らばると、試合開始のホイッスルが吹かれる。 笛の高い音が響いた瞬間、九州がいっせいに走り出して不破が守るゴールを狙った。 しかしそれを不破がキャッチし、すぐにカウンターをしたが戻りの速い九州にボールを持った英士の動きが一瞬止まる。 すかさずスライディングしてくる相手選手を避けて英士はバックパスし、オーバーラップした伊賀が鳴海にパスを出した。 そして裏をとってヘディングをしようとした時、前から城光が現れボールをクリアーした。 身長差は大きくないはずなのに城光とぶつかった鳴海は体勢を崩して吹っ飛んでしまった。 予想だにしなかった出来事に東京選抜には戸惑う選手達も居て、 九州のDFに苦戦する東京を見て功刀は九州の勝利を確信していた。 しかしその直後、杉原から風祭に出されたパスに対して、昭栄が両手を広げて飛んだ姿を見て功刀は絶句する。 すぐに城光が大声で注意をすると昭栄は慌ててヘッドでクリアーをした。 バスケをやっていたときの感覚がまだ残っている昭栄は勢いにのって手をだしてしまう。 それを見ていた功刀がすかさず昭栄に一喝する。 「こんアホが! 今はサッカーやろ! サッカー!」 「す、すんません!」 その後も東京選抜は攻め続けたが九州の堅い守りを突破することは出来ずに前半が終了した。 周りがみんな「九州が勝つ」と思っているだけあって、は九州の強さはホンモノなんだと気付く。 選手達がピッチの外へ出てくるとき、ピッチの向こう側に居る須釜の姿が見えたが、 一緒に居るのは関東の選手だけで、ケースケ達の姿はなかった。 「そういえば今日は1回も会ってないなぁ…」 「、タオルとドリンクは?」 「その辺に置いてあるから勝手に取って」 「おい、ちょっとどこ行くんだよ!」 「すぐもどる」 汗だくの椎名を放っておいてはケースケ達を探しにその場を離れた。 周りを見渡しても2人の姿は無くて、平馬はまたどっかで寝ていると考えてもケースケも居ないのは変だ。 須釜ならどこに居るか知ってるだろうと思って、話を聞きに行こうとしたとき肩を2回叩かれた。 「よっ」 「なんだ、日生か」 「なに、そのガッカリした顔。俺じゃ不満なのかよ」 「不満ってわけじゃないけど、日生を探してたんじゃないから」 「の探してる人達なら関西の試合見てたぜ」 「え、そうなの? ていうか何で知ってんの?」 「俺も今まで関西の方見てたから」 関西といえばシゲが居て、ケースケ達に会いに行けば同時にシゲとも会うことになってしまう。 できれば決勝までシゲのサッカーしてる姿は見たくない。 もし今見に行ったとしたら、我慢出来ずに会いに来たとか、わけのわからない誤解をされてしまう。 「やっぱり戻る…」 「見に行かないのか?」 「まぁ色々事情があって。日生は戻らないの?」 「あぁ、後半からは東京の方見ようと思って」 「関西どんな感じだった?」 「見たかった物が見れなくて、なんとも言えない」 「見たかったもの、って?」 「金髪だよ。藤村、だっけ? 決勝に備えたウォーミングアップって感じで全然本気出してない」 決勝進出間違いないなー関西は、と日生は付け足して言う。 そういえば今朝も風祭が本気がどうのこうのって言ってたのを思い出して、 本当のシゲってどういう人物なのかっていうのが全く想像できなくなった。 「東京と九州はどうなってんの?」 「0-0だよ。東京がちょっと危ないかも」 「九州って強いって噂だもんなーまぁ俺には関係ないけど」 「なに、いじけてんの?」 「そう、いじけてんの。慰めて」 「頭から水かぶって気持ち切り替えてくれば?」 真顔でそう言うに日生は苦笑したが、何か思い出したらしく表情はパッと笑顔に変わって 来た道を戻ろうとしていたの腕を掴んで引き止めた。 振り返ったはいかにも機嫌が悪いという顔をしていたが日生は気にせず話しかけた。 「いまヒマ?」 「べつにヒマでも忙しくもないけど」 「じゃぁちょっと付き合って」 「やだ。私あっち戻んないと」 「なんで?マネージャーにでもなった?」 「まさか!」 「じゃぁいいじゃん! ほら、行くぞー」 「は? ちょ、日生!」 日生はの手を掴んで引っ張り、どこかへ向かって歩き出した。 「よし、勝負!」 が連れてこられたのは試合をしてるフィールドの近くのフットサルフィールドだった。 日生はどこからかボールをひとつ見つけて持ってきて、自分の足元へと置く。 ゴールを背に立っているの頭の上にはハテナが浮かんでいる。 「なに」 「だから、勝負。を抜いてシュート決めたら俺の勝ち」 「いや、だから、なんのために」 「じゃぁ行くぞー」 誰かが笛を吹いて合図をするわけでもなく、日生は勝手にボールを軽く蹴ってスタートさせる。 まだよく理解できてないはとりあえず一息ついて、こっちへ向かってくる日生を止めることに集中した。 ボールには何もついてないのに日生の足元にぴったりとくっついている。 自分がボールへと足を伸ばせばするりとかわされ、ボールを奪うことはできない。 日生はきっと笑っている。顔を見て無くてもなんとなくそんな感じがした。 最初は遊びのつもりだった勝負も、いつの間にか2人とも本気になっていた。 がっちりとディフェンスをするに止められ日生はなかなか前を向くことができない。 「なかなかやるじゃん」 「だって負けたくないし」 「俺も同感」 ふと顔を上げると、日生と目が合い微笑みかけられる。 余裕を見せる日生には少し苛立って、早くボールを奪って勝負を終わらせようと足をボールに伸ばした。 すると日生の動きがピタッと止まった。と、同時にの動きも一瞬止まる。 「やべ、西園寺監督だ!」 「え! どこ!」 −パサッ その音に振り返ってゴールを見てみれば、ゴールの中に転がるボールが目に入った。 目の前には笑顔でピースをつくる日生が立っている。 「俺の勝ち、だな」 「ちょっと待ってよ! 卑怯だって!」 「まさか騙されるなんてなー、俺の方がびっくり」 「日生は監督の怖さを知らないからそんなこと言えんの! あぁもう…!」 騙されて負けてショックを受けるを前に日生は楽しそうに笑っている。 日生はゴールに入ったボールを軽く蹴っての足元へパスした。 吹く風に押されて転がるボールを一度足で止めると、はその場に腰を下ろす。 「もう一回やる、って言わないんだ」 「なんかもう疲れたから負けでいい。負けたけど何もあげないからね」 「いいよ、べつに。何か貰うためにやったんじゃないし」 「じゃぁなに、ただの暇つぶし?」 「まぁそれもそうなんだけど、俺の勝手な思い出作り」 「…おもいでづくり?」 「そうそう」 そう言って笑いながら日生はと向き合うようにして座った。 そしてまだ納得出来ずに疑問を抱いてるが質問をする前に日生は答えた。 「明日の昼前にはもう解散するじゃん。だから、ひとつくらいとなんかやりたくて」 「どうして私と思い出作んの?」 「だってもしかしたら、もう会えないかもしれないだろ?」 人と別れるのには慣れてるはずなのにな、と笑ってそう言う日生の表情はどこか寂しそうだった。 そんな表情を見て少し戸惑ったはしばらく考えてから口を開いた。 「会えるよ」 「なんで、正式にマネージャーでもやんの?」 「それだけは絶対いや! …なんか、わかんないけど、また会えるって」 「俺ん家まで会いにきてくれんの?」 「はぁっ? なんで私が行かなきゃなんないの」 「あぁそうだ、俺が会いに行けば良いんだ」 「それは出来るだけご遠慮願います」 「なんだそれ、すげー矛盾してるし」 日生は声を出して笑う。 その笑顔からは寂しさなんてどこかへ消えてしまっていた。 それを見て少し安心したも一緒に笑う。 すると風に乗って近くのフィールドから長い笛の音が聞こえてきた。 東京対九州の試合の終了の合図だ。 笑っていたはハッして立ち上がり、足元にあったボールを日生に渡した。 「やばっ、今度こそ監督に怒られる…! ボールの片付けよろしく!」 「はいはい…あ、!」 「なに?」 「決勝戦さ、一緒に観ようぜ」 「うん、いいよ。じゃぁまた後で!」 「あぁ」 急いで走るを見届ける日生の表情はとても嬉しそうだった。 |
2004.09.17 / Top | 16:Launch Time → |