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05:Half Time
ハムとチーズをはさんだサンドイッチを食べているの目の前で、食事中にも関わらずノートを広げた雄大が何かをメモしていた。 隣に座っている日生にとっては見慣れた光景だが、にとっては理解しがたいものだった。

「何メモしてんの?」
「これはマル秘ノートだべ」
「いや、そうじゃなくて内容」
「他の選抜の情報集めたノートだよ。何か新しい情報でも見つけたのか?」
「まだまだ情報不足だべな。あ、ちゃんのことも知りたい!」
「私のこと?」

雄大のその質問に他で食事していた選抜メンバーの動きが一瞬止まった。 のことをもっと知りたいのは皆同じだった。 「別に良いけど」と答えが返って来たので雄大は早速新しいページを開き質問を始めた。

「出身地は?」
「東京」
「好きな食べ物は?」
「美味しいもの」
「嫌いな食べ物は?」
「不味いもの」
「もっと具体的に…」
「言い出したらキリが無いじゃん」
「…趣味は?」
「サッカー」
「ポジションは?」
「FW。でも何処でもやれる」
「サッカー歴は?」
「いつから始めたか覚えてない」
「付き合ってる人は?」
「藤村成樹くん」

雄大は「藤村…と」とサラサラとノートに質問の答えを書いてゆく。 しかし声の高さが今までの返事と違うことに気付き顔を上げた。 声のした方に目をやると、が立ち上がりシゲの首をしめていた。

「いつからアンタが解答者になった訳?」
「ほ、ほんのジョークやって…ちゃん…俺苦しくて死にそう…」
「雄大、今の質問の答え綺麗サッパリ消しておいてね!」
「やだわ〜照れちゃって!」
「ふざけんな」

はさらに手に力を入れて本当に窒息死寸前までシゲを追い込んでいた。 本当に危険だと察したのか、顔色が青くなってきている藤村は力を振り絞って「ギブ…」と言った。 その言葉を聞いたはやっと手の力をゆるめてシゲの首から手を離した。

「折角ゆっくり食事しようっていうのになんだよコレ」
「日生に同感」
「夕食もきっとこんな感じだぜ?」
「部屋に食事持ってきてもらおうかなー」
「じゃぁ俺もの部屋行って食べる」
「…それは何か違う」
「いいじゃん別に」
「やだよ」

そう言ってはもくもくとサンドイッチを食べ始めた。 一足早く食べ終わった日生は頬づえを付きながらを見ている。 視線に気付いたは食べかけのサンドイッチを持ったまま日生の方を見た。

「…何よ」
「可愛いなぁと思って」
「はあ? そんな事言っても何もあげないから」
「わかってるよ」

日生は笑って答えた。 その時、人だかりの近くに西園寺監督が来て「君達、練習開始時間に遅れないようにね」と声をかける。 とっくに食べ終わっていた藤代達は一足早く外に出て身体を動かそうとしていて、 のことも誘っていたが「まだ食事中」ということで断られた。 それに負けず「あとで絶対遊ぼうね!」と声をかけたがその辺に居た他のメンバーに却下される。 楽しい食事の時間もは全くのんびり食事することが出来ないまま終了に近づいていた。



は結局マイペースで食べ続けていた為、集合時間を10分過ぎた頃に食堂を後にする。 練習場に戻ると午前と変わらず各ポジションごとに分かれて練習が行われていた。
は監督に仕事を頼まれていたわけでもなく、すぐ傍にあったベンチに座っていることにした。 目の前にあるのは、まだ夏でもないのに汗をかいて走り回っている少年達。 見てるこっちまで暑くなってくるほどだった。

「食べた後にあんなに動いたら横っ腹が痛くなるのにね」

がまだ手を付けていない清涼飲料水の入ったボトルを片手に小さく呟いた。 それから手を口にあてて、くあ、とあくびをする。

「それ飲まないならくれよ」
「…ケースケ、恐喝だよその言い方」
「俺そんなに怖い口調で言ったか?」
「言った、かも」

そう言いつつも「要らないからあげる」と、ボトルを差し出すと、横から第三者の手が伸びてきてボトルを取った。 二人がその手の主を見ると圭介と同じジャージを来た少年が既にドリンクを飲んでいる。

「サンキュー」
「…横取りすんなよ平馬」
「運動する時は水分補給が必要不可欠だろ」
「貰ったのは俺だぞ」
「喧嘩しないでよ。もう1つココにあったからあげる」

平馬に対して仲間ながらも怒りのオーラを出している圭介に、はボトルを差し出した。 今度は邪魔する者もなく、ちゃんと自分の手で受け取ったドリンクを飲んだ。

「言っとくけど、最初に抜け駆けしたのはケースケだからな」
「抜け駆け?俺はただ喉が渇いたからドリンク貰っただけだぜ」
「ふーん」

この二人、いつから仲が悪くなったのだろう。 圭介と平馬が火花を散らしあってる時はそんなことも気にせず、フィールドを凄いスピードで走っている日生を見ていた。

「うわー速過ぎだってアレ…。」
「俺だって足速いよ!」

突然、は座ったまま背後から首に腕を回されて抱き付かれてた。 耳元からは聞き覚えのある声。一瞬、も平馬・圭介も固まった。 そして今起きていることを理解するとの表情は一気に変わった。

「何すんの藤代! 馬鹿アホ変態!」
「あ、俺の名前覚えててくれてたんだ! 感動…いて!」
「一体何やらかしてんだよ! 今後一切単独行動禁止だからな。よく覚えとけよ」

声のトーンがいつもより1段下がり怒りで満ち溢れた椎名が藤代を殴りから放した。 それと同時にの元には英士が駆け寄る。

「大丈夫?もう害虫は駆除したから安心してよ」

怒りむき出しの椎名とは逆に英士は怒りを(一時的に)押さえてる英士は微笑んで言った。 それもそれで、怖いといえば怖いが。 ギャーギャーと騒いでいる所に、それを見ていた西園寺監督がやってくる。

「あなた達まだ練習中よ!何やってるの?」
「監督、藤代が今の練習じゃ物足りないからもっとハードなのやりたいって言ってるんだけど」
「俺そんなこと…うぐ!」
「そんなに走り回りたいのか? ほら監督、走らせてあげてよ」
「そ、そうね…じゃぁ許可するわ」
「良かったな、藤代」
「椎名最低…」
「何?文句あるわけ?」
「無いっす!」

そう言って藤代は猛ダッシュでその場から離れていった。 それを見届けていた椎名は振り返りの方を見る。でも相変わらず怒った表情は変わらずにいた。

「郭、助けたのは俺だけど」
「だから?」
「離れろ」
「それとこれとは別でしょ」

真正面から対立する英士と更に機嫌を悪くした椎名は睨み合ったまま動かない。 英士の近くに居た結人と一馬は完全に怯えている。

「ほら、翼も睨み合いなんてしてないで練習戻るわよ。みんなも早く戻りなさい!」
「…ふん」

監督が椎名と英士の間に入って止めに入り、練習を抜け出している人に言った。 不満な表情をしながらも、監督の指示に従って椎名は練習へと戻っていく。 全員戻ったのを確認すると、監督はに話しかけた。

ちゃん、ごめんなさいね。私が目を放してる隙にあの子達ったら…」
「監督の責任じゃないですよ。あいつ等自身の問題だし」
「これからちゃんと注意しておくわ。そうそう、またお手伝いしてもらえる? 簡単な作業だから」
「はい」

がそう言うと監督は少し微笑んだ。 それから監督と一緒に作業をする場所へと移動することにした。



「…って、なんで私がボール拾いしなきゃなんないのよ!」

頼まれた手伝いの「簡単な作業」とはボール拾いのことだった。 監督いわく、「ちゃんならそれ位のこと、”簡単な作業”でしょう?」とのこと。 微笑んでそう言い残すと、監督は自分の仕事をする為にどこかへ行ってしまった。
転がっているボールは広い範囲に数十個程ある。 1つ1つカゴに運ぶのは面倒な作業だった。 最初はとりあえずカゴの近くにあるボールを手に持って運んでいた。 だが歩数だけ増えてボールの数は減っていない気がして仕方が無い。

「めんどくさい!」

気が遠くなってきたは機嫌が悪くなり近くにあったボールを思いっきりゴールに向けて蹴った。 するとゴールの右上隅の所にボールが飛んで行きそのままネットを揺らした。

「女の割には強いボール蹴るんやな。コントロールもまずまずやけど俺なら止められるけんね」
「うるさい功刀」
ちゃんバリすごかー! やっぱり尊敬するばい!」
「名前なんだっけ?」

ゴーンと、昭栄の上には石が落ちてきた様に下を向き沈んでいた。 それを見ていた功刀は少し笑っている。

「思い出した。田中だっけ?」
「高山昭栄! 昭栄って呼んでよかよ!」
「あ、そうだった。ごめん昭栄、すっかり忘れてた」
「全然気にすることなか! 名前呼んで貰えただけでも嬉しいけんね…」
「何惚けとんのやアホ」
「カズさんは自分だけ名前で呼んで貰えんからって俺に嫉妬…ぐは!」
「少し黙っとけや!後でヨッさんにしごいてもらうけんね」
「そ…そんな…!」
「君たちさ、暇ならボール拾ってきてよ。あっちの方とかの」

はさっきシュートしたボールを手にとってカゴの方に向かいながらそう呟く。 功刀はやる気ゼロだったが昭栄は張り切ってボールのある方へ走っていった。

「良かった、あれ全部拾うの大変なんだよね」
「お前最悪やな」
「昭栄が良い奴なだけだよ。功刀は拾ってくれないわけ?」
「なして俺がボール拾いせんとならんのや」
「ケチ」
「…ったく、拾えばええんやろ!」
「うん、サンキュー」
「全部拾ってきてやるけん。そしたらもう名字で呼ぶの止めるって約束せえよ!」

少し顔を赤くしつつも、功刀はそれだけ乱暴に言い残すとボールを拾いに行ってしまった。 は一瞬訳が分からなくなったが、そのまま自分の近くのボールを拾い始める。
その後昭栄の猛スピードによるボール拾いと、昭栄に対抗心を燃やしつつボールを拾う功刀のおかげで あっさりと片付いたのは言うまでも無い。 そしてそれを遠くから見ていた監督が予想外の出来事に笑っていたことも。

2003.03.08 / Top | 06:Feint →