Font size :
08:Provocation
「うわああぁー!」

夜が明けて朝食の時間になり、人が集まり始めた食堂に叫び声が響き渡る。 食堂全体…いや、施設全体に響いても可笑しく無い程の大音量の声に思わず耳を塞いだ。 叫んだ本人-藤代誠二-は指をさして口をぽっかりとあけていた。

「んだよ、朝からうるせー…あぁー!」

丁度部屋から食堂に来た結人も同じく指をさして叫ぶ。 一緒に居た一馬はただ口をぽっかり開けて指をさした方向を見て、 それとは逆に至って冷静な英士はいつもと殆ど変わらぬ表情だった。

そしてギャラリーが集まって来た円の中心に居る人物--は耳を両手で塞いでいる。 声が静まってから両手を耳から離すと寝起きということもあって不機嫌な表情で周りを見た。

「何なのよ、一体!」
「それはこっちのセリフだよ!」
「え…マジで? どうしたの一体!」
「結人、騒ぎすぎ」
「だって普通驚くだろ」
「何? 何かあったん?」
「ふあぁ…朝からテンション高すぎやで…ってなんやねんコレ!」
眠い目をこすりながら欠伸をして光徳と登場したシゲは、現状を見て一気に眠気から覚める。 一緒に居た光徳は「わー」と呆然とした表情をしていた。

「人のこと"コレ"って言わないでくれる?何よ、黒髪でこんなに騒いで…」

あの目立っていた金髪が真っ黒になっていたことに驚きを隠せない少年達とは逆に は特に気にすることなく朝食を取りに行って空いてる席に座り朝食を食べ始める。

「せっかく俺とお揃いやったのになぁ…なんで黒にすんねん」
「あんたと同じが嫌だからに決まってるじゃない」
「藤村ー、自分の分は自分で取りに行ってな」

シゲとのテーブルに朝食の乗ったトレイを持った光徳が現われて言った。 朝から爽やかに笑顔を浮かべる光徳はの隣にトレイを置いて座った。

「気ぃ利かして持って来てくれてもええやん」
「僕、か弱いからトレー2つなんて持つの無理やで」
「…お、サルー! 俺の分のメシもよろしゅう!」
「はぁっ? 何で俺がシゲにパシられなアカンねん!」
「1つも2つも変わんないやろ。はよせえ」
「この距離なら自分で取りに来いっちゅーねんアホ!」

結局、井上はシゲに言われるがままトレーを2つ持ってテーブルに来た。 4人掛けのテーブルは関西選抜3人が勝手に座り席がうまってしまった。 自分の目の前でニコニコ笑っているシゲを見てが口を開いた。


「何でココに集まんの?」
「不満?」
「イエス」
「ノーやろ」
「藤村とちゃんってホンマに会話弾まんよなぁ。見てておもろいわ」
「何言うてんねん。俺とはラブラブやろ?」
「何処をどうみたらそういう考えになんねん」
「嘘ちゃうで。チューした仲やし」

そのの言葉に光徳は手に持っていたスプーンを落とし、井上は飲んでいた牛乳が気管に入ってむせている。 シゲはを見て「なー」と笑顔でいるが、はシカトして黙々と朝食を食べていた。 数秒して我に返った光徳はシゲとを交互に見て叫んだ。


「う、嘘やろ? そんなことアカンて、信じられへん!」
「ホンマやで。なぁ、
「正しくは”された”で、頬にね」
「ホラ見ぃ、やっぱ藤村が強引にやっただけやん!」
「でもチューしたに変わりはないやろ。あれ位で照れちゃってホンマに可愛ええなぁ」
ちゃん! 今すぐ顔洗って消毒した方がええで!」
「心配無用。昨日の夜から10回以上洗顔したから」
「洗いすぎやろ、それ…」

がっかりするシゲを横目に光徳と井上は笑っていた。
は気にせずトーストの最後の一口を食べると席を立った。
隣に居た光徳は顔を上げてを見た。


「え?もう行くん?」
「用事あるんだ。試合頑張ってね」

3人はトレイを持ってカウンターの方に向かうをただ何も言わずに見送った。 はトレイを返した後、丁度食べ終わってカウンターの所に来ていた 東海コンビを見つけて話しかける。

「俺、全部空振りやん」
「そんなん最初から分かっとったことやろ」
「僕達のことなんて眼中に無いって感じやな。応援してくれんのは嬉しいけど」
「東海選抜、か」

シゲは「ふーん」と言って、頬杖を付きながらの方を見ていた。



「…頭、どうした?」
「頭の中がおかしいみたいに言わないでよ」
「真っ黒だな」
「日本人らしくなったでしょ?」
「日本人っていうか、カラス」

平馬がそう言うと圭介が納得して笑う。 「失礼ね!」とは2人を軽く睨んだが、つられて笑ってしまう。 色々なことがあって、気持ちを切り替える為に金から黒に変えたは良いが 余計に頭の中が可笑しくなりそうだった。
は髪の毛のことから話題を今日の試合のことに切り替えた。

「今日は試合だね」
「あぁ」
「やっと、だな」
「対戦相手ってどこ?」
「俺達、東北」

自分達の横からした声に思わず3人同時に視線を変えた。 そこには肩の部分に”TOHOKU”と書かれたジャージを着た少年が立っていた。 少し長めの黒髪にツリ目で、不敵な笑みを浮かべている。

「日生…」
「君達、優勝候補らしいね」
「それが何だよ」
「俺達のこと無名だからって甘く見ない方が身の為だよ」
「日生、挑発しないでよ」
「挑発目的で来たんじゃないんだけどね。コレ返そうと思って」

日生は綺麗に畳んであるタオルをに手渡す。

「あ、昨日貸してたやつ…」
「そうそう。ちゃんと洗ってあるから。ありがとな」

また貸して、と日生はにっこり笑って言うと食堂から出て行った。 は圭介と平馬が怒っているのかと思い、視線を2人に変えてみたが そこにあったのは普段と変わらぬ表情だった。

「へー、自信満々じゃん。こっちだって手加減しないけど」
「挑発はいつものことだよ、。気にすんな」

大会や合宿を多く経験している2人にとってコレ位のことは気にする程のことではなかった。 それを聞いたは納得して、今度は自分の左腕にある腕時計に目をやった。

「もう外出る?」
「あぁ、試合前に身体動かすからもう行くけど」
も行く?っていうか試合観に来るんだっけ」
「観に行きたいんだけど、西園寺監督に聞いてみないと分かんない」
「仕事か。わかった」
「なるべく時間作って行くようにするから。負けんなよ!」
「聞いたか、平馬。俺達が負けるって」
「負ける確率30%位だな」
「違う、5%だ」
「なんか消費税みたいだな」
「平馬は負けても良いって思ってるのか?」
「全然。俺達勝つよ」
「はいはい、東海が強いのは十分分かったから早く練習行きましょーね」
「おう、じゃーまた後でな」
「またな」

は西園寺監督を探す為に、二人とは反対の方向に向かって歩き出した。

2003.08.18 / Top | 09:Individual skill →