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長方形の形の部屋に等間隔で1つずつ綺麗に並べられている机。
まるで定規で距離を正確に測ったのではないかと思ってしまうほど綺麗に並べたのは、
昨日の掃除当番か、それとも担任か。誰がやったのかは分からなかった。
誰が並べたかなんていちいち気にすることじゃないのだけれど、
ここまで綺麗に並べられていると一体誰が並べたのか気になってしまう。
教室の後ろのドアから入ってそのまま真っ直ぐ机の間を通って進んで、 鍵をかけられて閉まっている窓の前まで来て立ち止まる。 窓際に並ぶ後ろから2つ目の机の上にカバンを置いて窓の外を眺めた。 窓の向こうに見える校庭の横にある木の枝が穏やかに揺れている。 きっといま窓を開けると、その気持ちの良い風が閉め切った教室の嫌な空気を全部外へ持っていってくれるはずだ。 鍵を開けて窓を開けると、ずっと窓が開くのを待ち構えていたかのように風が勢いよく教室へ入ってきて、 開けたままの教室の後ろのドアから出て行ったように感じた。 勢いよく風が入ってきたのは最初だけだった。今は落ち着いて呼吸をするようにゆったりとした気持ちのいい風が吹いている。 気温が高くて暑いというわけではないけれど、風がとても心地よかったから他の窓も全て開けることにした。 気づけばさっきまであった嫌な空気は、最初から何もなかったかのように消えていた。 カバンを置いた机に戻って、椅子をひいて自分の席についた。 誰もいない教室に独りで居ると、日曜に間違えて登校して来た人みたいだ。 この位置から教室を見回すと、ほぼ毎日この場所に来ているのに、何故だか違う場所に来ているように見える。 席替えした次の日は、なんだか違和感があって落ち着かない。 次の日だけじゃなくて、きっと明日も、一週間程経たなければその違和感は無くならないかもしれない。 そして間違って前に座っていた席に座ったりしてしまうかもしれない。 今日、珍しく早く学校に来たのも、席を間違えて恥をかくのを他の人に見られたくないという理由からだった。 いつもみたいに時間ぎりぎりで登校して来ると、慌てて前の席に座ってしまうのが目に見えてる。 教科書やノートをカバンから取り出して机の中へ移してると、教室の前方のドアが音をたてて開いた。 入ってきたのはたまに会話をするクラスメイトの女の子達だった。 私が1番に登校してることを特に気にすることも無く、笑って普通に挨拶をしてくれた。 それから廊下で足音や数人の話し声が聞こえたりして、登校してきた人が徐々に増えてきたのだとわかった。 しばらくすると教室にクラスメイトが集まり始めて賑やかになった。 周りから男子の大きな声が聞こえ、女子の楽しそうな笑い声が聞こえる。 色んな会話の一部分だけが聞こえてきて、周りが今どんな話をしてるのかは全くわからなかった。 気にせずカバンに入ったままの読み途中だった本があることを思い出して、 それを取り出すためにカバンに手を触れたとき、男子の声が耳に届いた。 「横山、お前の席あっちだぞ。端の、の後ろ」 声のした方に男子が数名居たから誰がそう言ったのかは分からなかったけど、 男子の輪の中からこちらに向かって歩いてくる人が確かに横山君だった。 ここ数日、欠席していた彼の姿を久しぶりに目にしたけれど特に変化はなくて、 何時間睡眠をとっているのかわからないけど相変わらず少し眠そうな顔をしていた。 すると突然、彼も私の方を見て視線がばっちりと合ってしまった。 彼が何かを言う前に、ぱっと目をそらして前を向いた。 目が合って、しかもそらしたのだから、絶対に声をかけられると思った。 爽やかな朝の挨拶なんてものじゃなくて、きっと悪口を言われるんじゃないかって。 横山君がどんな人だかよく知らないし、私の頭の中ではどんどん悪いほうへと想像してしまう。 「さん」 ほら、来た!後ろから聞こえる聞き慣れないこの声は横山君だ。 心臓がどきどきしてる。これは決して恋愛的なものではなかった。何を言われるか分からないという恐怖だ。 無視するわけにもいかず恐る恐る後ろを向くと、そこには先程と全く変わらない表情の横山君が私を見ていた。 そして次に何を言われる言葉を私は絶対に聞かなければならない。耳をふさいではいけないのだ。 私はもう瞬きや呼吸をするのを忘れてしまいそうだった。ついでに心臓が口から飛び出そうだ。 「よろしく」 ただ一言。眉間に皺も無ければ、目つきも悪くない。声の音量も普通だった。 横山君はその一言だけ私に言うと、カバンを机の上に置いて自分の席についた。 私が後ろを向いたまま口を半開きにして唖然としていると、また横山君と目が合った。 私は慌てて、こちらこそ!と返事をしてから上半身を前に向かせた。 心臓はまだどきどきしてる。 正直、私は横山君がどんな人だか知らない。 知っているのは名前と、サッカーが得意だということだけだ。 名前を知ったのもこの学年になってからのことで、それまで私は彼の存在すら知らなかった。 そして今、新たにひとつ横山君についての知識が増えた。 横山君はちょっと変わっている、ということ。周りの男子達と雰囲気が全く違う。 私は少し横山君に興味を持った。特別な感情は無い。ただ、どんな人なのか、というのを知りたかった。 「ねえ」 また後ろから声がして、振り向いてみると横山君が私の方を見ていた。 違っていたらどうしようかと思ったけれど、彼が話かけた相手は私だった。 「席替えって、くじ引き?」 「う、うん、そうだよ。横山君のは最後に余ったやつなんだけど…」 「ふーん」 横山君の表情は相変わらずだった。 この席になったことを良いと思ってるのか嫌だと思ってるのか、表情からは読み取れなかった。 視線を窓の向こうに変えて、彼はただぼーっとして太陽の光が当たる青々とした木々を眺めていた。 私もつられて光でキラキラと輝いている葉っぱに目がいってしまい、何も言わずにそれだけを眺めた。 風がまた窓の向こうから入ってきて、席替えする前の席だったら決して体験することがない 出来事が気持ちよくて、学校に居るということを忘れてしまいそうだった。 「この席で良かった」 彼が窓の向こうを眺めながらポツリと、独り言のように呟いた。 ふと横山君の顔を見ると、心地良い風が彼の長い前髪を揺らしていて、 前髪の向こうの瞳はどこか優しく、口の両端が少し上がっているように見えた。 それは私が初めて見る彼の表情だった。 しかしそれは一瞬の出来事で、横山君は木々から視線を外すと机にうつ伏せになり目を閉じた。 顔を窓側を向けて、静かに呼吸して眠りについた横山君は日向ぼっこをしながら眠る猫に似ていた。 でも横山君、まだ朝のHRすら始まってないのに、眠ってしまって良いの…? |
薫風 2004.10.02 | 表紙 / 雨雫 → |